知的所有権判例ニュース |
歴史史跡を紹介する書籍につき著作権侵害が 認められ,当該書籍の回収が命じられた事例 |
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「東京地方裁判所平成13年1月23日判決」 |
水谷直樹 |
1.事件の概要 |
原告篠原由美氏は歴史研究者であり,新選組の東京都多摩地方における足跡について紹介した書籍「ふぃーるどわーく多摩」の著者であり,著作権者です。
被告(株)のんぶる舎は,書籍「土方蔵三の歩いた道−多摩に生まれ多摩に帰る」を発行しています。 原告は,被告の上記書籍が,原告書籍の著作権(複製権等)を侵害していると主張して,被告書籍の発行の差止め,損害賠償等を求めて,平成11年に東京地方裁判所に訴訟を提起しました。 |
2.争点 |
本事件の主要な争点は,以下のとおりでした。
(1) 原告書籍の著作物性(創作性)の有無 (2) 原告書籍と被告書籍の同一性の有無 (3) 原告差止請求の可否およびその具体的内容 |
3.裁判所の判断 |
東京地方裁判所は,平成13年1月23日に判決を言い渡しましたが,まず(1)の争点については,原告書籍中の文章および地図につき,
「著作物とは『思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの』をいい(著作権法2条1項1号),その中には『小説,脚本,論文,講演その他の言語の著作物』(同法10条1項1号)が含まれる。右にいう『創作的に表現したもの』とは,必ずしも表現の内容自体について独創性や新規性があるものばかりではなく,思想又は感情についての具体的表現形式に作成者の個性が表れているものであれば,これに当たるというべきである。したがって,客観的な事実を素材とする表現であっても,取り上げる素材の選択や,具体的な用語の選択,言い回しその他の文章表現に創作性が認められ,作成者の評価,批判等の思想,感情が表現されていれば著作物に該当するということができる。」 「原告著作物一(原告書籍のこと:著者注)は,このように,新選組に関する,一般に知られている史跡ばかりでなく,あまり知られていない史跡や従前のガイドブックでは紹介されていなかった史跡も含めて紹介し,それらの史跡を訪ねるためにはどのような交通手段を利用するのが便利かという情報を提供するガイドブックである。同書には,右史跡の選択,交通機関やその出発地点等の選択,またある史跡を紹介するに当たり,それに関わるどのような史実又は歴史人物を紹介するかという選択の点のほか,全体的な表現形式の統一性等にも工夫が見られ,創作性が認められる。」 「もっとも,対照表1頁『10頁 三鷹駅』の後半部分にある『JR中央線・総武線で東京から,特別快速24分,・・・(中略)・・・地下鉄東西線(総武線に乗入れ)で11分。』という記述のように,誰が記載しても異なった記述になり得ないものは,これを選択したことについても,表現形式においても創作性があるものとはいえず,著作物性を認めることができない。」 「一般に,地図は,地形や土地の利用状況等を所定の記号等を用いて客観的に表現するものであって,個性的表現の余地が少なく,文学,音楽,造形美術上の著作に比して創作性を認め得る余地が少ないのが通例である。それでも,記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法に関しては,地図作成者の個性,学識,経験,現地調査の程度等が重要な役割を果たし得るものであるから,なおそこに創作性が表われ得るものということができる。そして,地図の著作物性は,右記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して,判断すべきものである。 そこで,原告著作物一に掲げられた地図について検討すると,例えば対照表53頁記載の『竜源寺』の地図では,全体の構成は,現実の地形や建物の位置関係がそのようになっている以上,これ以外の形にはなり得ないと考えられるが,読者が最も関心があると思われる『近藤勇胸像』や『近藤勇』と『理心流の碑』等を,実物に近い形にしながら適宜省略し,デフォルメした形で記載した点には創作性が認められ,この点が同地図の本質的特徴をなしているから,著作物性を認めることができる。他方,たとえば同56頁記載の『関田家及び大長寺周辺』の地図などは,既存の地図を基に,史跡やバス停留所の名前を記入したという以外には,さしたる変容を加えていないので,特段の創作性は認められない。」 と判示して,原告著作物中の文章と地図につき,創作性が認められる部分と認められない部分を個別に認定し,そのうえで争点(2)について,「原告著作物一と被告書籍は,いずれも新選組に関する多摩地方の史跡という同一の場所につき,同一の史実,歴史上の人物及びこれに到達するために用いる同一の交通機関を対象として,これを紹介し,客観的に記述し,地図等で説明するという内容・表現態様の論稿であるから,記述された内容が事実として同一であることは当然にあり得るものであるし,場合によっては記述された事実の内容が同一であるのみならず,具体的な表現も,部分的に同一ないし類似となることがあり得ると考えられる。しかしながら,(原告著作物と被告書籍とは一著者注)右のようにほとんど一字一句同じというのであるから,単に対象とする史跡や史実等が同じということが,このような同一性を生じた原因と解するのは相当でなく,被告らが原告著作物一をそのまま模倣したことによるものと認めざるを得ない。」 と判示して,原告著作物(創作性が認められる部分)と被告著作物の同一性を認めたうえで,更に争点(3)について, 「右に認定したように,被告書籍は,原告著作物一を複製したものと認められ,これに対する原告の許諾は認められないから,原告の右複製部分に関する差止請求は理由がある。」 と認定したうえで,差止請求の内容につき,「著作権法112条2項は,『侵害の行為を組成した物,侵害の行為によって作成された物又はもっぱら侵害の行為に供された機械若しくは器具の廃棄その他の侵害の停止又は予防に必要な措置を請求することができる。』と規定しているところ,被告書籍の印刷,製本,販売及び頒布の禁止並びに被告書籍の廃棄はもちろん,訴外株式会社地方・小出版流通センター(《証拠略》によれば,同社は被告会社の委託により被告書籍を卸売,小売していることが認められる。)から回収して廃棄すること,被告書籍の半製品及びその印刷の用に供した原版フィルムの廃棄,その原稿の電磁的記録が入力されているMOディスクその他の記録媒体から右記録を消去することは,いずれも,同項所定の侵害の停止又は予防に必要な措置と解されるから,これを求める原告の請求は,いずれも理由がある。」 と判示して,被告書籍の出版の差止め,被告書籍およびその半製品,原版フィルムの廃棄,被告書籍の原稿が記録されているMOディスク等中がらの原稿の消去,被告書籍の委託販売先からの回収および廃棄,更には損害賠償請求を認容しました。 |
4.検討 |
本判決は,原告書籍の著作物性を判断するにあたり,前記引用のとおり,その一般的な基準を示したうえで,原告著作物を,文章部分と地図部分に分けて,それぞれにつき,著作物性(創作性)が認められる部分と認められない部分を,個別に認定しています。
このような判断手法は,従来から採用されていたものですが,本判決は,その具体的な適用を明らかにした点において,実務上参考になるものと考えられます。 次に,本判決は,原告著作物と被告書籍との間の同一性を認めたうえで(ここで著作権侵害の有無を認定するうえで必要なのは,原告書籍中で著作物性が認められる部分についての,被告書籍との間の同一性の有無です),このことを前提とした場合に認められる差止請求の内容として,被告書籍の出版の差止めのみならず,著作権法112条2項の適用との関係で,被告書籍およびその半製品,原版フィルムの廃棄,MO等に記録されている原稿の消去,更には委託販売先からの被告書籍の回収および廃棄までをも命じています。 上記のうちで,被告書籍の委託販売先からの回収および廃棄を認めた点は,本件判決の特徴点の1つと考えられますが,判決中の認定によれば,被告書籍の流通は,委託販売の形式を採用しており,所有権が被告側に留保されていたと思われますので,このことが上記結論に大きく影響しているものと思われます。 |