知的所有権判例ニュース |
絵画が車体上に描かれたバスの写真を書籍上に掲載することが, 当該絵画の著作権を侵害するものとはいえないと判示した事例 |
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「東京地方裁判所 平成13年7月25日判決」 |
水谷直樹 |
1.事件の内容 |
原告は,日米で活躍している画家ですが,依頼を受けて横浜市内の循環バス路線を走る市営バスの車体上に絵画を描きました。
被告(株)永岡書店は,上記バスを撮影した写真を掲載した書籍を出版いたしました。 そこで,原告は,被告に対して,上記出版は,原告の絵画の著作権の侵害(無断複製)であると主張して,損害賠償の支払いを求めて,平成13年に,東京地方裁判所に訴訟を提起しました。 |
2.争点 |
本事件の争点は,以下のとおりです。
(1) 原告がバスの車体上に描いた絵画は美術の著作物に該当するか。 (2) 上記絵画は,著作物の無許諾利用が認められている著作権法46条柱書所定の「その原作品が街路,公園その他の一般公衆に開放されている屋外の場所又は建造物の外壁その他一般公衆の見やすい屋外の場所に恒常的に設置されているもの」に該当するか。 (3) 被告による上記書籍の出版は,上記無許諾利用の例外にあたる著作権法46条4号所定の「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し,又はその複製物を販売する場合」に該当するか。 |
3.裁判所の判断 |
東京地方裁判所は,平成13年7月25日に判決を言い渡しましたが,上記(1)の争点につき,
「原告作品は,・・・・・・赤,青,黄及び緑の原色を用いて,人の顔,花びら,三日月,目,星,馬車,動物,建物,渦巻き,円,三角形など様々な図形を,太い刷毛を使用した独特のタッチにより,躍動感をもって,関内や馬車道をイメージして,描かれた美術作品である。 確かに,原告作品は,市営バスの車体に描かれたものであるが,前記のとおり,原告作品を制作するに至った経緯,制作の目的,独特の表現手法に照らすならば,原告作品が,原告の個性が発揮された美術の著作物であることは疑う余地がない。」 と判示し,次に上記(2)の争点については, 「同規定の趣旨は,美術の著作物の原作品が,不特定多数の者が自由に見ることができるような屋外の場所に恒常的に設置された場合,仮に,当該著作物の利用に対して著作権に基づく権利主張を何らの制限なく認めることになると,一般人の行動の自由を過度に抑制することになって好ましくないこと,このような場合には,一般人による自由利用を許すのが社会的慣行に合致していること,さらに,多くは著作者の意思にも沿うと解して差し支えないこと等の点を総合考慮して,屋外の場所に恒常的に設置された美術の著作物については,一般人による利用を原則的に自由としたものといえる。」 「上記認定事実を前提に,法46条柱書への該当性について,順にみてみる。 まず,・・・・・・同条所定の『一般公衆に開放されている屋外の場所』又は『一般公衆の見やすい屋外の場所』とは,不特定多数の者が見ようとすれば自由に見ることができる広く開放された場所を指すと解するのが相当である。原告作品が車体に描かれた本件バスは,市営バスとして,一般公衆に開放されている屋外の場所である公道を運行するのであるから,原告作品もまた,『一般公衆に開放されている屋外の場所』又は『一般公衆の見やすい屋外の場所』にあるというべきである。 次に,・・・・・・同条所定の『恒常的に設置する』とは,社会通念上,ある程度の長期にわたり継続して,不特定多数の者の観覧に供する状態に置くことを指すと解するのが相当である。原告作品が車体に描かれた本件バスは,特定のイベントのために,ごく短期間のみ運行されるのではなく,他の一般の市営バスと全く同様に,継続的に運行されているのであるから,原告が,公道を定期的に運行することが予定された市営バスの車体に原告作品を描いたことは,正に,美術の著作物を『恒常的に設置した』というべきである。」 なお,上記『設置』の意義については, 「不特定多数の者が自由に見ることができる屋外に置かれた美術の著作物については,広く公衆が自由に利用できるとするのが,一般人の行動の自由の観点から好ましいなどの同規定の前記趣旨に照らすならば,r設置亅の意義について,不動産に固着されたもの,あるいは一定の場所に固定されたもののような典型的な例に限定して解する合理性はないというべきである。」と判示し,最後に,前記争点(3)につき, 「法46条4号は,・・・・・・法46条柱書が,前記のとおり,一般人の行動に対する過度の制約の回避,社会的慣行の尊重及び著作者の合理的意思等を考慮して,一般人の著作物の利用を自由としたことに対して,仮に,専ら複製物の販売を目的として複製する行為についてまで,著作物の利用を自由にした場合には,著作権者に対する著しい経済的不利益を与えることになりかねないため,法46条柱書の原則に対する例外を設けたものである。 そうすると,法46条4号に該当するか否かについては,著作物を利用した書籍等の体裁及び内容,著作物の利用態様,利用目的などを客観的に考慮して,『専ら』美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し,又はその複製物を販売する例外的な場合に当たるといえるか否か検討すべきことになる。」 「被告書籍には,原告作品を車体に描いた本件バスの写真が,表紙の中央に大きく,また,本文14頁の左上に小さく,いずれも,原告作品の特徴が感得されるような態様で掲載されているが,他方,被告書籍は,幼児向けに,写真を用いて,町を走る各種自動車を解説する目的で作られた書籍であり,・・・・・・各種自動車の写真を幼児が見ることを通じて,観察力を養い,勉強の基礎になる好奇心を高めるとの幼児教育的観点から監修されていると解されること,・・・・・・本件書籍を見る者は,本文で紹介されている各種自動車の一例として,本件バスが掲載されているとの印象を受けると考えられること等の事情を総合すると,原告作品が描かれた本件バスの写真を被告書籍に掲載し,これを販売することは,『専ら』美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し,又はその複製物を販売する行為には,該当していないというべきである。」 と判示して,結論として,原告の請求を棄却いたしました。 |
4.検討 |
本事件は,車体に絵画が描かれているバスの写真を書籍上に掲載したことが,上記絵画の複製権侵害になるのか否かか争われましたが,本判決は,前記のとおり判示して,複製権侵害の成立を否定いたしました。
本判決は,「屋外の場所に恒常的に設置」の意義について,不特定多数の者の観覧に供するものであれば,バスのような可動体上に描かれたものでもよいものとし,また,書籍上への上記絵画の写真の掲載についても,判決が認定した事実のもとにおいては,専ら美術の著作物の複製物の販売を目的とするものとはいえないと判示いたしました。 本事件の事実関係を前提とする限り,前記は,いずれも相当な判断であると考えられます。 |