知的所有権判例ニュース |
意匠権における先使用権の範囲 |
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「大阪地方裁判所平成12年9月12日判決」 |
生田哲郎◎弁護士・弁理士/山崎理恵子◎弁護士 |
1.事件の概要 |
本件は,原告が包装用かごの意匠権に基づいて,被告製品の製造販売の差止め,廃棄,損害賠償を求めた事件です。
原告は,いかなご等の小魚を茹でて搬送し陳列するためのプラスチック製の包装用かごの意匠権(図1)を有していました。被告は,原告の意匠登録出願前から,現在の被告製品とは若干形状が異なる被告旧製品を製造,販売していました。仮に,被告が被告旧製品の意匠を変更せずに,そのまま製造・販売を継続していたとすれば,意匠法第29条に規定されている先使用権を被告が主張すれば,間違いなく原告敗訴になります。しかし,本件では,原告の意匠登録出願日後に,被告は,包装用かごの意匠を変更した被告製品の製造・販売に切り替えていました。このような現在の被告製品にも果たして先使用権の効力が及ぶのかということが本件の大きな争点でした。 原告は被告に対して,現在の被告製品の製造販売の差止め,廃棄,損害賠償を求めて,大阪地方裁判所に提訴しました。 かかる原告の請求に対して,被告は, 1)現在の被告製品の意匠は原告の登録意匠と非類似であると主張するほか, 2)意匠の変更された現在の被告製品にも先使用権が及ぶことを王張しました。 被告の先使用に関する主張を要約すると坎のとおりです。被告は,原告の意匠登録出願前から,現在の被告製品(図2)とは若干形状が異なる被告旧製品(図3)を製造販売していた。原告の意匠登録出願後,被告は,被告旧製品の形状に変更を加えて,現在の被告製品の形状とし, その製造販売を開始した。被告は,原告の意匠登録出願前から,被告旧製品を製造,販売していたのであり,現在の被告製品は,被告旧製品につき被告が原告の意匠権に対して有していた先使用権の範囲の中で変更した商品であるので,被告は,現在の被告製品についても,原告の意匠権に対して先使用権を有している。 かかる被告の先使用の主張に対して,原告は,現在の被告製品の形状は,原告の意匠登録出願前の被告旧製品に変更が加えられたものであることから,仮に被告旧製品の意匠については被告に先使用権が成立するとしても,被告旧製品と現在の被告製品とでは形状が変更されているから,現在の被告製品には先使用権の効力は及ばないと反論しました。 |
2.裁判所の判断 |
大阪地方裁判所は,平成12年9月12日に判決を言い渡し,原告の請求をいずれも棄却しました。判決は,原告の登録意匠(図1)と現在の被告製品の意匠(図2)との類否について,原告の意匠登録出願前の公知意匠を参酌して登録意匠の要部を認定し,登録意匠と被告意匠の相違点は公知意匠には見られない登録意匠の特徴的部分における相違であるとし,「本件登録意匠と被告意匠との間には,その基本的な形状を含めて共通点が多々存するものの,相違点の印象が共通点の印象を凌駕し,意匠全体としては視覚的印象を異にするというべきであるから,被告意匠は本件登録意匠と類似するとはいえない」として,類似性を否定しました。このように,判決は両意匠の類似性を否定したわけですから,本来,被告の先使用の主張については検討するまでもなく,原告敗訴の結論を導けるのですが,判決は「念のために」被告の先使用の主張についても判断し,意匠権の先使用権が及ぶ範囲について具体的に判示し,結論として,被告の先使用権を認めました。その要旨は次のとおりです。先使用権の効力は,意匠登録出願の際に先使用権者が現に実施をしていた具体的意匠だけではなく,それに類似する意匠にも及ぶと解するのが相当である。なぜなら,意匠の創作的価値は,当該具体的意匠のみならずそれと類似する意匠にも及び,意匠権者は登録意匠のみならずそれと類似する意匠も実施をする権利を専有する(意匠法23条)という制度の下において,先使用権制度の趣旨が,主として意匠権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば,意匠登録出願の際に先使用権者が現に実施をしていた具体的意匠以外に変更することを一切認めないのは,先使用権者にとって酷であって,相当ではないからである。被告旧製品の意匠と現在の被告製品の意匠については相違があるが,意匠全体の美観に影響を及ぼすものとはいえない。したがって,現在の被告製品の意匠は,被告旧製品の意匠の類似範囲に属するというべきであるから,被告は,現在の被告製品の意匠について,先使用権を有するというべきである。
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3.検討 |
特許権における先使用権の範囲については,現に実施していた特定の実施形式に限定されず,それと同一発明の範囲に及ぶとする最高裁判所判決があります(最判昭61.10.3ウォーキングビーム事件最高裁判決)。本判決は,特許権における先使用権の範囲についての考え方を意匠権についても適用し,先使用権の効力は,意匠登録出願の際に先使用権者が現に実施をしていた具体的意匠だけではなく, それに類似する意匠にも及ぶものと判断しました。本判決が判示するように,先使用権制度の趣旨が,主として意匠権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らすと,意匠登録出願の際に先使用権者が現に実施をしていた具体的意匠を変更すれば一切先使用権を認めないのでは,先使用権者にとって酷な結果となります。使用用に基づく通常実施権の範囲を具体的意匠に類似する意匠も含むものとした本判決は正当であるといえるでしょう。
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