発明 Vol.98 2001-7
知的所有権判例ニュース
中古ゲームソフトの販売と著作権法
生田哲郎・山崎理恵子
1. 事件の概要
 家庭用テレビゲームソフトの中古品の販売を巡っては、これを違法視するゲームソフトメーカーとこれを適法とする販売業者間で、今日まで深刻な対立が続いています。この問題は、結局、司法の判断に委ねられることになり、東京高裁と大阪高裁で、販売を適法とする結論で一致するが、結論に至る理由づけが異なる判断がなされました。
 本稿で紹介する判決は東京高裁の判決です。 この事件では、まず中古ゲームソフト販売業者が先手を打って、ゲームソフトメーカーを相手取り東京地裁に対し、「ゲームソフトメーカーが著作権法違反を理由に中古ソフトの販売差止を求めたのは不当だ」として、ゲームソフトの著作権に基づく差止請求権の不存在確認を求めました。これに対し、東京地裁では平成11年5月27日付で、「ゲームソフトが著作権法上の『映画の著作物』に該当しないとして、原告(中古販売業者)の差止請求権不存在確認請求を認容し、中古ソフト販売を適法」と判断しましたが、被告(ゲームソフトメーカー)がこれを不服として、東京高裁に控訴しました。この東京高裁判決が出る前に、中古ソフトの販売を違法とする大阪地裁の判決が出ていただけに、東京高裁がいかなる判断を下すかが注目の的でした。
この東京高裁での事件の争点を以下、説明します。
 
2. 争点
 本事件では、中古ゲームソフトを販売すること、すなわち頒布することを著作権者が禁止可能か否かが、争点になりました。著作物の中で複製物の頒布権が認められているのは、映画の著作物だけです(著作権法26条1項)ので、本件事案でも、(1)ゲームソフトの「映画の著作物」該当性、(2)ゲームソフトは、「頒布権のある」映画の著作物に該当するか否か、(3)ゲームソフト複製物は、頒布権の対象となる「複製物」に該当するかという3点が主要争点になりました。

3. 東京高裁の判断
東京高裁は、上記争点(1)について、ゲームソフトが「映画の著作物」に当たるか否かは、著作権法第2条第3項に定める3要件、すなわちi映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現されていること(いわゆる表現の要件)、ii物に固定されていること(いわゆる存在形式の要件)、iii著作物すなわち思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、芸術、美術又は音楽の範囲に属するものであること(いわゆる内容の要件)を満たすか否かによって決せられるべきであると規範を定立しました。その上で、「証拠及び弁論の全趣旨によれば、i本件各ゲームソフトは、いずれも、『眼の残像現象を利用して動きのある画像として見せる』という、映画の効果に類似する視覚的効果を生じさせる方法によって、人物・背景等を動画として視覚的に表現し、かつ、この視覚的効果に音声・効果音・背景音楽を同期させて視聴覚的効果を生じさせていること、ii本件各ゲームソフトの影像は、いずれも、ゲームソフトの著作者によって、カメラワーク、視点や場面の切替え、照明演出等が行われ、ある状況において次にどのような映像を画面に表示させて一つの場面を構成するか等、細部にわたるまで視覚的又は視聴覚的効果が創作・演出されていること、iii本件各ゲームソフトは、いずれも、著作者により創作された一つの作品として、CD−ROMという媒体にデータとして再現可能な形で記憶されており、プログラムに基づいて抽出された影像についてのデータが、ディスプレイ上の指定された位置に順次表示されることによって、全体として連続した映像となって表現されるものであることが認められる」と事実認定し、ゲームソフトは、上記3要件を満たすことから、著作権法にいう「映画の著作物」に該当すると判断しました。
 次に、上記争点(2)については、ゲームソフトが「映画の著作物」に該当する以上、ゲームソフトの著作権者である控訴人(ゲームソフトメーカー)は頒布権を有すると判断しました。  
 最後に、上記争点(3)については、「法26条1項の立法の趣旨に照らし、同条項にいう頒布権が認められる『複製物』とは、配給制度による流通の形態が採られている映画の著作物の複製物、及び、同法条の立法趣旨からみてこれと同等の保護に値する複製物、すなわち、一つ一つの複製物が多数の者の視聴に供される場合の複製物、したがって、通常は、少数の複製物のみが製造されることの予定されている場合のものであり、大量の複製物が製造され、その一つ一つは少数の者によってしか視聴されない場合のものは含まれないと、限定して解すべきであると考える」と規範を定立しました。その上で、「本件各ゲームソフト複製物が、大量の複製物が製造され、その一つ一つは少数の者によってしか視聴されない場合のものであることは明白である。したがって、これらは、法26条1項にいう『複製物』に当たらず、したがって頒布権の対象にならないものというべきである」と判断し、控訴人(ゲームソフトメーカー)が、法26条1項に基づき、被控訴人(中古販売業者)に対し、その販売の中止を請求することは許されないとして、控訴を棄却しました。

4. 検討
 東京高裁は、ゲームソフトが映画の著作物に該当するとしながら、その複製物の頒布権を否定しました。この結論を導くために、東京高裁は映画の著作物の頒布権の対象になる「複製物」の意義について詳しく検討し、ゲームソフトの複製物はこれに該当しないとしたのです。
 そもそも映画の著作物についてのみ頒布権が認められたのは、映画製作会社や映画配給会社が、オリジナル・ネガフィルムから少数のプリント・フィルムを複製し、映画館経営者に対してプリントフィルムを貸し渡すにとどめ、上映期間が終了した際に返却させ、あるいは指定する映画館へ引き継がせるといった形態の配給制度という劇場用映画の取引形態の特異性があることに基づくといわれています。このような配給制度の下で映画の著作物が取引されている実態に照らして、フィルムの頒布先、頒布場所、頒布期間等を規制する、他の著作物にはない極めて強力な権利として、頒布権が映画の著作物にのみ認められたのです。
 この趣旨に鑑みて、東京高裁は著作権法26条1項にいう頒布権が認められる「複製物」について限定解釈を行い、劇場用映画以外の映画の著作物の複製物、たとえば一度に少数のものしか視聴し得ない家庭用テレビゲームソフトの複製物にまでは頒布権が認められないとしました。
 同じ争点に関して、東京高裁の本判決が言い渡された2日後の3月29日には、「ゲームソフトメーカー5社が、ゲームソフトの中古販売は著作権者の頒布権を侵害するとして中古販売業者に対して販売差止を請求していた訴訟」で、大阪高裁は、原告(ゲームソフトメーカー)の差止請求を認容した大阪地裁の判決を覆し、中古ソフト販売を適法と判断しました。このように、東京高裁も大阪高裁も、販売が適法であるとの判断を下しました。しかし、注目すべきは、東京高裁がゲームソフトの複製物に頒布権を認めなかったのに対し、大阪高裁は、ゲームソフトの複製物に頒布権を認めた上で、「本件各ゲームソフトについて認められる頒布権は第一譲渡によって消尽する」と判断したことです。両高裁の理論構成をたどると、法解釈の多様性の面白さが感じられます。
 中古ソフトの販売の適法性についての決着は、今後、最高裁判所に持ち越されると思われますが、両高等裁判所とも、消費者の利益を重視し中古ソフトの自由販売を認めるとの方向性を示した点で今後の中古ソフト問題に大きな影響を与えると思われます。


いくた てつお 1972年東京工業大学理工学部大学院修士課程を修了し、直ちにメーカーに技術者として入社。82年弁護士・弁理士登録後、もっぱら、国内外の侵害訴訟、ライセンス契約、特許・商標出願、異議等の知的財産権法実務に従事。この間、米国の法律事務所に勤務。
やまさき りえこ 1996年大阪大学法学部卒業、95年司法試験合格後、98年4月、弁護士登録。主として国内外の知的財産権法分野の訴訟、契約、その他、特許庁に対する出願等の手続きを多く手がけている。