発明 Vol.98 2001-1
知的所有権判例ニュース
実用新案技術評価の法的性質

神谷 巖
1.事件の概要
 原告Xは,「照明装置付歯鏡」という名称の考案の実用新案権者でした。そして平成10年4月に,特許庁に対して実用新案技術評価を請求しました。特許庁は,その2つの請求項についてそれぞれ評価1(この請求項に係る考案は,右欄の刊行物の記載からみて,新規性を欠如するものと判断されるおそれがある),評価2(この請求項に係る考案は,右欄の刊行物の記載からみて,進歩性を欠如するものと判断されるおそれがある)と評価しました。
 これに対して原告Xは,本件評価は誤りであると主張して,被告特許庁長官Yを相手取り,その取消しを求めて,東京地方裁判所に行政訴訟を提起し,次のように主張しました。実用新案技術評価が「1」から「5」のいずれかであれば,実体的要件を満たしていないとして,実質的に無効とされるから,実質的に実用新案権を法的に拘束している。また実用新案法29条の3第1項ただし書きは,実用新案登録を無効にすべき旨の審決が確定した場合,実用新案権等が,実用新案技術評価「6」に基づき,その権利を行使し,又はその警告をしたときは,権利者が無効原因となった公知文献をそれ以前から知っていた等の特段の事情がない限り,損害賠償の責任はないとしているから,実用新案技術評価「6」は,法的効力を与えられている。
 これに対して東京地方裁判所は平成11年12月24日,特許庁の実用新案技術評価は,実体的要件を審査せずに登録された実用新案権の有効性を判断する客観的な判断材料を提供するものであって,その評価自体により登録された権利の有効又は無効が確定するなどその権利の消長に影響を及ぼすものではない,として原告Xの訴えを却下しました。
 原告Xは,さらに東京高等裁判所に控訴し,次のように主張しました。
 A 実用新案権者は,専用実施権の設定及び通常実施権の許諾の各権利を有しており,業として登録実用新案を実施する資力を有していない場合には,企業等に実施権の設定,許諾をする場合がほとんどである。しかしながら企業等は,実用新案技術評価が「1」から「5」までのいずれかであれば,旧法の拒絶査定と同視し,たとえ実用新案権者がその評価が誤りであると主張し,その主張が首肯し得るものであっても,無効審決の可能性が少しでもある限り,実施権者になろうとはしない。これは,実用新案技術評価が,正確,かつ,客観性を期することにおいて,旧法の登録査定,拒絶査定と同様であるからである。したがって,実用新案技術評価が「1」から「5」までのいずれかであれば,その評価は,実用新案権者の実施権設定,許諾の権利を奪うものであり,実用新案権を拘束するものである。
 B 実用新案法29条の2は,実用新案権者に対し,損害賠償請求権等の権利行使をするに当たって,実用新案技術評価の請求をさせて,「1」から「6」までのいずれかの評価を受けることを義務づけ,かつ,警告時に実用新案技術評価書を提示して,いかなる評価を受けたかを相手方に知らせることを義務づけている。すなわち,実用新案技術評価が「1」から「6」までのいずれであるかによってではなく,そのいずれであるかを知らせるか否かによって,権利行使の可否が左右されるのである。そして義務を有するとは,法的効力を有するということであるから,実用新案技術評価は法的効力を有している。
 
2.裁判所の判断
 東京高等裁判所は平成12年5月17日に,原告Xの控訴を棄却しました。その理由は,次の通りです。
 A 行政事件訴訟法3条2項の「処分」とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を構成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものである。このことは,具体的な行政庁の行為が右の「処分」に当たるか否かは,当該行為の根拠となる行政法規が,当該行為を,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するものとして,規定しているか否かに係ることを意味するものである。しかるところ,控訴人の主張するような,実用新案技術評価が「1」から「5」までのいずれかであれば,企業等が当該登録実用新案の実施権者になろうとしないとの実用新案権者の不利益が仮に存するとしても,それが,実用新案法が実用新案技術評価によって直接形成し,又はその範囲を確定するために規定した国民の権利義務に相当すると解すべき根拠は,同法上,全く存在しないから,単なる事実上の不利益であるといわざるを得ず,かかる不利益があることを理由として,実用新案技術評価が行政事件訴訟法3条2項の「処分」であるとすることはできない。
 B 実用新案法29条の2は,「実用新案権者又は専用実施権者は,その登録実用新案に係る実用新案技術評価書を提示して警告をした後でなければ,自己の実用新案権又は専用実施権の侵害者等に対し,その権利を行使することができない。」と定め,実用新案技術評価書を提示することを,実用新案権者の権利行使の一要件としているにすぎないのであり,当該実用新案技術評価書に記載された実用新案技術評価が「1」から「6」までのいずれかの評価であること(例えば,評価6であること)は,該権利行使の要件とはされていない。すなわち,実用新案技術評価自体は,実用新案権者の右権利行使に何ら影響を及ぼすものではないのである。

3.検討
 平成5年の実用新案法の改正により,実用新案登録については無審査主義となり,出願されれば必ず登録されることとなりました。しかし,そのような審査を全く経ていない実用新案権を振り回されると,本来権利として成立すべきではない考案についてまで権利行使が行われることになり,不当な結果を起こしかねません。そこで特許庁による技術評価を経て,その結果を付して権利行使をすることになったわけですが,本件はその技術評価書の法的意義が問題となった事件です。
 本件判決のいうところはもっともで,仮に技術評価が「1」や「2」であっても権利行使をし,もし紛争が収まらないときは侵害訴訟を提起することは全く妨げられません。そして訴訟の場において,特許庁の技術評価が誤っていることを立証すれば,差止めも損害賠償もできるのです。その意味で特許庁の技術評価には法的な拘束力がないといえます。


かみや いわお 1965年東京工業大学理工学部を卒業,67年同大学院修士課程を修了し,直ちにソニー株式会社に研究者として入社。78年同社を退職し,同年司法試験に合格する。81年弁護士登録をし,主に知的財産権関係の事件を扱う。