発明 Vol.97 2000-9
知的所有権判例ニュース
確認の利益

神谷巖
1.事件の概要
 被告Yは,「磁気信号記録用の金属粉末」なる名称を有する発明について,特許権を有していました。そして原告Xの主張によると,原告Xが製造販売する金属粉末について,被告Yが原告Xに書簡を送り,原告Xが製造,販売する「磁気信号記録用金属粉末」(以下本件金属粉末1といいます)について,製造,販売が本件特許権を侵害すると主張しました。また,更に被告Yは原告Xに対し,具体的に金属粉末(以下本件金属粉末2,3といいます)の金属組成等を示して,その製造,販売が被告Yの有する本件特許権を侵害する,と主張しました。
 そこで原告Xは,主位的請求として,本件金属粉末1について本件特許権を侵害するものではないので,差止請求権,損害賠償請求権,不当利得返還請求権がないことの確認を求め,予備的に本件金属粉末2,3について本件特許権を侵害するものではないので,差止請求権,損害賠償請求権,不当利得返還請求権がないことの確認を求めて,東京地方裁判所に提訴しました。
 被告Yは,本件金属粉末1については,その製造販売が本件特許権を侵害していると主張したことはないし,これからも主張するつもりはないから,確認の利益がない,と主張しました。また,本件金属粉末2と3については,原告がその磁気粉末の成分,特性等の特徴を具体的に明らかにしない限り,不特定なものであるから,確認請求は却下されるべきであると主張しました。
 東京地方裁判所は審理の上,平成12年1月25日に判決を下しました。そして現告Xの主位的請求に対しては請求を却下し,予備的請求について原告の主張を認めて,請求を認容しました。なお,本件判決では,侵害の有無を詳細に検討していますが,ここでは触れないこととします。
 
2.裁判所の判断
 裁判所は,原告の主位的請求に対しては,次のように判示しました(なお原告Xは,訴訟中において,本件金属粉末1として,次のように特定しました。「磁気信号記録用金属粉末。ただし,原告が平成5年2月17日以後平成7年12月31日までに製造および販売したものと同一のもの」)。
 確認の利益は,原告の法律上の地位に不安ないし危険が現に生じており,それを除去する方法として,原告・被告間で確認請求の対象たる権利または法律関係の存否について判決することが有効適切な場合に,認められるものである。本件主位的請求においては,確認請求の対象たる権利の客体は,上記の通りであり,その金属粉末自体については,製造・販売の主体も時期も商品名も何ら特定されていない。このような金属粉末については,製造・販売の差止請求権,損害賠償請求権,不当利得返還請求権の不存在を確認しても,原告が製造および販売したものと「同一のもの」という概念が一義的に明確ではない以上,結局のところ,具体的金属粉末について原告が平成5年2月17日以後平成7年12月31日までに製造および販売したものと同一のものであるかどうかという紛争がなおも残存するのであって,原告・被告間の紛争の終局的解決に寄与するものではなく,原告の法律上の地位に現に生じている不安ないし危険を除去する方法として有効適切であるとはいえない。また,本件においては,被告が原告に対し本件金属粉末1の製造販売が本件特許権を侵害すると主張したことを認めるに足りる証拠はなく,原告の法上の地位に不安ないし危険が現に生じているということもできない。
 本件予備的請求において,確認請求の対象たる権利の客体は,「8mmVideo CassetteP5−90MP PAL/SECAN SP90minVideo8」等であり,特定の商品名のビデオテープに使用されている磁気信号記録用金属粉末であり,本件主位的請求におけるような明確性を欠くものではなく,当該ビデオテープに使用されているという限度では十分特定されており,上記金属粉末について,その製造・販売の差止請求権,損害賠償請求権,不当利得返還請求権の不存在を確認すれば,原告・被告間の紛争の終局的解決に資するものといえる。したがって,本件予備的請求は,原告においてその磁気粉末の成分・特性等の特徴を具体的に明らかにしていなくても,確認請求の対象たる権利の客体の特定としては足りるものであり,この点に関する被告の主張は採用することができない。

3.検討
 裁判とは,裁判官を主とする多くの事務官をして,多大の時間と費用をかけて行うものですから,それだけの手間暇をかけるのに値するように紛争を解決するものでなければなりません。この紛争解決機能があるかないかを,「訴えの利益」といいます。そして,民事訴訟の類型としては,給付訴訟(原告の被告に対する給付請求権の主張とこれに対応した裁判所に対する給付判決の要求を請求内容とする訴え・・・・・・例えば100万円支払え,とか家屋を明け渡せ等),確認訴訟(請求が,特定の権利関係の存在または不存在の主張とその存在または不存在を確定する確認判決の要求を請求内容とする訴え・・・・・・例えば債務不存在の確認等),形成訴訟(一定の法律要件に基づく法律状態の変動の主張と,その変動を宣言する形成判決の要求とを請求内容とする訴え・・・・・・例えば原告と被告を離婚する等)の3種があります(筑摩書房発行,新堂幸司著,民事訴訟法)。
 このうちで給付訴訟は,典型的な訴訟であり,このような訴えを起こす必然性が高いので,一般的にその訴えの利益が存するとされています。形成訴訟は,訴えにより裁判所に権利関係の変動を請求することができる場合に限られており,これも法上認められているものですから,訴えの利益が存することに疑いはありません。
 しかし確認訴訟については,その訴えにより紛争解決の機能が果たせる場合にのみ認められます。どのような確認請求ができるか,法により明定されてはいないので,訴訟提起に当たっては,よく気をつけねばなりません。ですから,訴えの利益があるか否かは,確認訴訟において大きな問題になります。効率よく民事紛争を解決できる形を選ぶことが重要です。本件において,金属粉末1については,特に当事者間に紛争が生じているわけではないし,仮に生じているとしても,確認請求の内容が曖昧であり,効率的に紛争解決ができないので,訴えの利益が否定され,訴えを却下されたのです。


かみや いわお 1965年東京工業大学理工学部を卒業,67年同大学院修士課程を修了し,直ちにソニー株式会社に研究者として入社。78年同社を退職し,同年司法試験に合格する。81年弁護士登録をし,主に知的財産権関係の事件を扱う。