知的所有権判例ニュース |
キューピー人形の著作権行使が 認められなかった事例 |
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「東京地方裁判所平成11年11月17日判決」 |
水谷直樹 |
1.事件の概要 |
原告北川和夫氏は,米国人が保有していたキューピー人形の著作権を,同人の遺産財団から譲り受けたと主張しております。他方で,被告キユーピー株式会社は,同社の商標,同社の商品包装,商品容器上にキューピー人形を表示しております。
そこで,原告は,被告が使用しているキューピー人形は,原告の著作権を侵害していると主張したうえで,使用の差止め,損害賠償の支払い等を求めて,平成10年に東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。 |
2.争点 |
本事件の争点は極めて多岐に及んでおりますが,裁判所が判決中で判断した争点は,以下の2点でした。
(1)被告が使用しているキューピー人形は,原告が著作権を有していると主張しているキューピー人形に類似しているか (2)原告の請求は権利濫用にあたるか |
3.裁判所の判断 |
東京地方裁判所は,平成11年11月17日に判決を言い渡しましたが,まず上記(1)の争点については,
「被告イラスト及び被告人形が,本件人形に係る本件著作権を侵害する複製物等であるか否か(著作権の成否,著作権の帰属,保護期間の満了による著作権の消滅の有無の点はさておき)について検討する。 本件人形に関しては,ローズ・オニールによって創作された先行著作物があること,その一例として1903年作品《2》及び1905年作品が存在すること,右各作品は,いずれも日米著作権条約の効力発生前に発行され,我が国においてその著作権は保護されないことは,いずれも当事者間に争いがない。 ところで,原告が著作権法上の保護を求める著作物について,当該著作物が先行著作物を原著作物とする二次的著作物であると解される場合には,当該著作物の著作権は,二次的著作物において新たに加えられた創作的部分についてのみ生じ,原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じないと解すべきである。二次的著作物が原著作物から独立した別個の著作物として著作権法の保護を受けるのは,原著作物に新たな創作的要素が付加されたためであって,二次的著作物のうち原著作物と共通する部分は,何ら新たな創作的要素を含むものではなく,別個の著作物として保護すべき理由がないからである(最高裁平成9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁参照)。 以上の点に鑑みて,後記のとおり,本件人形は1903年作品《2》及び1905年作品の二次的著作物であると認められるから,被告イラスト及び被告人形と本件人形との類否を判断するに当たっては,第一に,原告が本件において保護を求める本件人形と1903年作品《2》及び1905年作品とを対比して,本件人形において創作的部分があるか否か,あるとして創作的部分はどの部分かを検討し,第二に,被告イラスト及び被告人形と本件人形とを対比して,右の創作的部分において共通するか否かを検討することとする。」 「以上のとおり,本件人形は,1903年作品《2》及び1905年作品と比較して,目,眉,口,手の形状に相違がある(なお,立像かイラストかは相違点として重要とはいえない。)が,この相違点を考慮しても,前記のとおり多くの共通点があり,とりわけ,頭部の極めて特徴的な頭髪と背部の双翼とを備えている裸の中性的なふっくらした乳幼児を表現したという特徴において共通していることに鑑みれば,本件人形は,既に1903年作品《2》及び1905年作品において表現された特徴のほとんどすべてを備え,新たに付加された創作的要素は,些細な点のみといえる。本件人形と両作品とは類似するといえる。本件人形は,立体的な人形とした点で,両作品の二次的著作物に当たるものということができる。」 「以上のとおり,本件人形と被告人形は,共通点を有するが,その共通点のほとんどは,既に1903年作品《2》及び1905年作品に現われているし,本件人形に付加された新たな創作的部分とはいえないこと,他方,右認定したとおり,両者には数多くの相違点が存在すること等の事実を総合判断すると,被告人形は,本件人形における本質的特徴を有しているとはいえず,両者は類似していないと解するのが相当である。」 と判示し,さらに前記(2)の争点に関して, 「以上認定した事実,すなわち,原告は,一方において,本件著作権を平成10年5月1日譲り受けたと主張しているにもかかわらず,《1》正当な権原を取得したとする時期よりはるか前である昭和54年ころから,キューピーの図柄等のデザイン制作,及びキューピーに関する商品の販売等を行い,自らが本件著作権の侵害となる行為をして,利益を得ていたこと,《2》自らが主催するキューピーに関する団体の活動においても,ローズ・オニールが作成したキューピーの複製品(原告の主張を前提とする。)を製造,販売したこと,《3》さらに,キューピーに関する原告の商品には原告が著作権を有するかのような表示を付したりしていたこと,《3》原告は,自己がデザインしたキューピーに関する商品を販売していた取引相手に対して,キューピー商品一般(原告の制作したキューピー商品以外のもの)について,使用許諾料の請求をするなどしている等の事実に照らすならば,自らが本件著作権の侵害行為を行って利益を得ていた原告が,本訴において,被告に対し,本件著作権を侵害したと主張して,差止め及び損害賠償を請求することは,権利の濫用に該当すると解するのが相当でる。したがって,この点からも,原告の請求は失当である。」 と判示して,原告の請求を棄却いたしました。 |
4.検討 |
本事件は新聞にも報道された比較的知られた事件とも言えますが,本事件の結論そのものは,上記争点のうち(1)のみの判断により出すことが可能と思われます。
本判決でさらに上記(2)についても判示したことは,裁判所が,原告の請求それ自体をどのように評価しているのかを示すものとして興味深いものがあります。前記(2)についての判断は,裁判所側からのダメ押しといってもよいのかもしれません。 |