発明 Vol.97 2000-7
知的所有権判例ニュース
写真の著作物の翻案が否定された事例
「東京地方裁判所平成11年12月15日判決」
水谷直樹
1.事件の概容
 原告黄田建勲氏は,すいか等を被写体にしていた写真を撮影したところ,被告(有)さっぽろフォトライブも,同様にすいか等を被写体とした写真を撮影してカタログに掲載しました。
 そこで,原告は,被告の上記写真は,原告写真と被写体,その配置等を共通にしており,原告写真の翻案物であるから原告の著作権を侵害していると主張して,平成11年に,損害賠償,謝罪広告の掲載等を求めて,東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。
 
2.争点
 本事件の争点は,文字どおり被告写真が原告写真の翻案物といえるか否かの点でした。

3.裁判所の判断
 東京地方裁判所は,平成11年12月15日に判決を言い渡しましたが,まず写真の著作物が翻案されたといえるか否かを判断するための基準として,
 「ー般に,特定の作品が先行著作物を翻案したものであるというためには,先行著作物に依拠して制作されたものであり,かつ,先行著作物の表現形式上の本質的特徴部分を当該作品から直接感得できる程度に類似しているものであることが必要である。
 ところで,写真技術を応用して制作した作品については,被写体の選択,組合せ及び配置等が共通するときには,写真の性質上,同一ないし類似する印象を与える作品が生ずることになる。しかし,写真に創作性が付与されるゆえんは,被写体の独自性によってではなく,撮影や現像等における独自の工夫によって創作的な表現が生じ得ることによるものであるから,いずれもが写真の著作物である二つの作品が,類似するかどうかを検討するに当たっては,特段の事情のない限り,被写体の選択,組合せ及び配置が共通するか否かではなく,撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分,すなわち本質的特徴部分が共通するか否かを考慮して,判断する必要があるというべきである。」と判示したうえで,
 「原告写真と被告写真を対比すると,以下の点で相違する。すなわち,@原告写真においては,中央前面に,V字型に切り欠かれ,縞模様のあるスイカが配置されているのに対し,被告写真においては,水平方向に半球状に切られ,無地のスイカが配置されていること,A原告写真においては,扇形に薄く切られたスイカは,右側に傾かせて配置されているのに対し,被告写真においては,左側に傾かせて配置されていること,B原告写真においては,中央前面に氷が敷かれたり,籐の籠を配置しているのに対し,被告写真においては,氷や籐の籠は配置されていないこと,C原告写真においては,光の当て方その他において様々は工夫が凝らされているのに対し,被告写真においては,格別の工夫はされていないこと,D原告写真においては,中央に配置されたスイカ及び薄く切られたスイカは,やや下方から撮影されているのに対し,被告写真においては,やや上方から撮影されていること等,様々な点で大きく相違する。
 そうすると,原告写真と被告写真とは,そもそも,異なる素材を被写体とするものであり,その細部の特徴も様々な点で相違するから,類似しないものというべきである。
 確かに,原告写真と被告写真とは,中央前面に,大型のスイカを横長に配置し,その上に薄く切ったスイカを六切れ並べたこと,その後方に楕円球及び真球状のスイカを配置したこと,縁色をした丸いスイカと扇形に切った赤いスイカとの対比を強調していること等において,アイデアの点で共通する。しかし,右共通点は,いずれも,被写体の選択,配置上の工夫にすぎず(しかも,前記のとおり,細部において大きく相違する。),右の素材の選択,配置上の工夫は写真の著作物である原告写真の創作性を基礎付けるに足りる本質的特徴部分とはいえない(原告が撮影するに当たりさまざまな工夫を凝らした撮影時刻の決定,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等によって生じた創作的な表現部分こそが,原告写真の特徴的部分であるということができ,この点で両者が異なることは,前記C,Dで指摘するまでもなく明らかである。)。
 以上のとおり,被告写真は,原告写真の表現形式上の本質的特徴部分を直接感得できる程度に類似したものということはできない。したがって,被告写真は,その余の点を判断するまでもなく,原告写真を翻案したものではない。」と判示して,原告の請求を棄却しました。

4.検討
 本判決は,写真の著作物の翻案の有無を判断するにあたっては,被写体の選択,組合せ及び配置等が共通するか否かではなく,撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像手法等について工夫したことによる,創造的な表現部分が共通しているか否かにより判断すべきと判示しております。
 本件は,著作権法は,著作物の表現を保護し,アイデアについては保護しないという著作権法上の原則の具体的適用例として興味深いものがあります。
 すなわち,本件判決は,被写体の選択,配置等は,いずれもアイデアであり,これを撮影したもの,すなわち具体的に表現したものこそ保護を受けるべき部分であるとしています。
 このことは,静物,人物モデル等を写生して作製する絵画の場合に,静物の配置,モデルのポーズ等と実際に完成した絵画との関係にも,同様に適用可能であると考えられます。
 以上のとおり,本判決は,著作権法上の基本原則を具体的事例に適用判断した事例として,大いに参考に値すると考えられます。



みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。