知的所有権判例ニュース |
周知性が認められた事例 |
---|
神谷巖 |
1.事件の概要 |
京王帝都電鉄株式会社(控訴審の途中において,その商号を京王電鉄株式会社に変更しました)を中核として形成された38社からなる企業グループ(以下京王電鉄グループといいます)があり,そのグループには,株式会社京王百貨店,株式会社京王プラザホテル,株式会社京王ストアー,京王不動産株式会社等を含みます。原告多摩京王自動車株式会社(以下原告Xといいます)は,その京王電鉄グループに属し,東京三多摩地区(東京都北多摩郡,西多摩郡および南多摩郡)においてタクシー業を営むものです。
原告Xのグループの中核企業である京王電鉄株式会社は,大正年間に東京の「京」と八王子の「王」を合わせて創出した「京王」の表示(以下本件表示といいます)を,同社の前身である京王電気軌道から受け継ぎました。そして,一貫してその表示を使用して,鉄道業から自動車,流通,ホテル,不動産等の各事業に拡張し,本件訴訟が提起された平成5年には,グループ全体の総従業員数は約1万6000人に達していました。 原告Xは昭和27年に創立され,その後商号が第四京王自動車株式会社,多摩京王自動車株式会社,京王自動車株式会社と変遷を重ねましたが,その間一貫してタクシー事業やバスなどの一般乗用旅客自動車運送事業を営んできており,平成元年当時のタクシー保有台数は400台を超えていました。 被告は,昭和37年に設立され,西八交通株式会社という商号でタクシー事業を営んできました。しかし経営困難になったので,平成5年に京王電鉄株式会社グループとは関連のない京王交通グループの傘下に入り,商号も京王交通八王子株式会社(以下Yといいます)に変更しました。同社の親会社である京王交通株式会社は,京王交通横浜株式会社,京王交通第三株式会社,京王キャブ株式会社等を系列化した企業グループ(以下京王交通グループといいます)です。同グループの平成5年当時の従業員数は約1970人に及んでいました。そしてYは,約880台のタクシーを所有していました。 XはYに対して,不正競争防止法に基づいて,本件表示の周知性,著名性を主張して,Yの商号の使用差止,商号登記の抹消などを請求して,平成5年に本件訴訟を提起しました。そして訴訟の中において,現実にタクシー利用者の間に営業主体の混同が起きた実例を12例挙げました。第1審は東京地方裁判所八王子支部で行われました。被告Yは,原告の主張事実を争うとともに,先使用の抗弁を提出しました。すなわち,被告を含む京王交通グループは,昭和30年以来「京王」の表示を使用しているが,その使用開始時期は,京王グループの本件表示が周知性を獲得した時期より早い,とするものです。 同裁判所は平成9年4月17日,原告Xの請求を棄却する判決を出しました。その判旨の要部は,次のとおりです。 A 本件表示が全国的に著名であるとはいえず,三多摩地区において京王グループとの系列関係を持たずに「京王」の名を冠して営業している企業が16社もあり,「京王」といえば直ちに原告Xを連想する程度の強度の周知性を獲得したとも言えない。 B 現実の原被告混同事例が12例あるとしても,このような取り違えが原告の営業活動全般において頻繁に生じているとは言えない。 C 被告Yが,京王交通八王子株式会社の商号を名乗るようになったのは,経営困難にともなって京王交通グループに入ったためであって,本件表示の名声,信用にただ乗りするためではない。 これに対して原告Xは,東京高等裁判所に控訴し,同裁判所は平成11年10月28日に,原告Xの請求をほぼ認める逆転判決を言い渡しました。なお控訴審において,被告は旅客自動車運送事業を,京王交通八王子株式会社に譲渡したので,同社が参加人(以下参加人Zといいます)として判決に現れています。なお被告Yと参加人Zとは,京王交通グループが数十年の長きにわたりその旅客自動車運送事業に本件表示を使用してきたのに対し,原告Xはその事業を知悉しながら,本件訴訟の提起に至るまで本件表示の使用の停止を請求しなかったのであるから,原告Xの本訴請求は権利の濫用に当たる,という旨の主張を追加しました。 |
2.東京高等裁判所の判断 |
A 京王電鉄グループの中核である京王電鉄株式会社は,国内においても有数の私鉄の一つであり,その経営する鉄道事業が東京都心部と三多摩地区とを結ぶ重要な交通機関の一つであり,またデパートなどを多角的に経営している。よって本件表示は原告グループを示す表示として,周知である。
B 三多摩地区に京王電鉄グループと系列関係を持たずに「京王」の名を冠して営業している企業も少なからず存するとのことであるが,「京王」なる表示自体が始発地である東京都心部(新宿)と終着地たる八王子の地名から着想された造語であることに鑑みれば,それは本件表示の周知性の強さを裏付けるものではあっても,これを弱めるものではない。 C 京王帝都電鉄株式会社が設立されたのは昭和23年6月であり,昭和30年より後に周知性を獲得したわけではないから,先使用の抗弁は成り立たない。 D 被告Yが本件表示を使用し始めたのは被告Yが商号を原商号に変更した平成5年以降であり,また請求の趣旨も三多摩地区における本件表示の使用に限って停止することを求めていることなどから,権利濫用には当たらない。 |
3.検討 |
第1審と控訴審に現れた事実関係からは,控訴審判決は妥当であると考えます。新しい判断は,「京王」なる本件表示が第三者によって使用されていても,不正競争防止法による訴訟を提起できる,という点です。
第1審の東京地方裁判所八王子支部は知的財産権関係の専門部を持たないので,判決を作成するに当たってご苦労をした様子が窺えるものの,やはり判例の流れから外れており,このような訴訟の難しさが滲みでています。 なお,早く裁判所の判決をもらいたければ,原告としては本庁に訴状を提出できます。本庁と支部とは,単に裁判所の中の事務分担システムにすぎませんので,八王子支部に管轄がある事件でも,本庁で審理してもらうことができるのです。 |