知的所有権判例ニュース |
「商標権行使を権利濫用と判断した事例」 |
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「東京地方裁判所平成11年4月28日判決」 |
水谷直樹 |
1.事件の内容 |
原告ネットワークアソシエイツ(株)は,指定役務を第42類「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守」とする後記登録商標「ウィルスバスター」の商標権者です。
他方で,被告トレンドマイクロ(株)は,コンピュータウィルス対策用ソフトウエアを販売しており,同ソフトウエアに商品名として後記被告標章を付しておりました。 そこで,原告は,被告の上記行為は原告の商標権侵害行為であるとして,平成9年に,その販売の差止めを求めて東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。 |
2.争点 |
本事件での争点は,
@ 被告の標章は原告商標に類似しているか A 被告商品は,原告商標の指定役務に類似しているか B 原告の商標権行使は権利濫用にあだるのか でした。 |
3.裁判所の判断 |
東京地方裁判所は,平成11年4月28日に判決を言い渡し,まず上記@の争点につき,被告標章中の「ウイルスバスター」は,本件商標「ウィルスバスター」と類似していると判断したうえで,その他の標章についても,これらにはVer.5,95,POWER PACK,NT,Lite等が付されているが,これらは,いずれも被告商品の出所を示す部分とは認識されないから,いずれも本件商標に類似していると判断しました。もっとも,「VIRUS BUSTER」については,直ちに「ウイルス」,「バスター」とは認識されないとして,非類似と判断しております。
次に,上記Aの争点については,「役務に商品が類似するとは,当該役務と当該商品に同一又は類似の商標を使用した場合に,当該商品が当該役務を提供する事業者の製造又は販売に係る商品と誤認されるおそれがあることをいうものと解されるところ,ウイルス対策用ディスクと本件指定役務はその内容からともにコンピュータ利用者を需要者とするものであると認められるから,両者は需要者が同一である上,ウイルス対策用ディスクは,電子計算機のプログラムの保守に使用されるものであるから,ウイルス対策用ディスクの商品の内容と本件指定役務の内容は共通することを考慮すると,ウイルス対策用ディスクに本件商標に類似する被告標章(被告標章7を除く。以下同じ。)を使用すれば,本件指定役務を提供する事業者においてこれを製造又は販売しているものと需要者に誤認されるおそれがあるものと認められる。したがって,ウイルス対策用ディスクは本件指定役務に類似する商品に当たるというべきである。」と判示し,さらに争点Bについては,関係証拠から「「ウィルスバスター」は,コンピュータ利用者の間において,被告の販売するウィルス対策用ディスクを表示する著名な商標であると認められる」と定したうえで,これに加えて原告は本件商標を使用したことがないこと,さらに「原告は,平成7年4月,片仮名で「ウイルスバスター」と横書きした商標について,指定商品を第9類の「電気通信機械器具,電子応用機械器具及びその部品」として商標登録の出願(商願平7−34447号)をしたところ,特許庁審査官は,・・・・・・これをその指定商品中「電子計算機」に使用した場合,それに接する取引者・需要者は,上記プログラムを撃退するプログラムを認識するに止まり,単に商品の品質を表示するにすぎないものと認める。」との拒絶理由を通知したこと」,「被告が平成9年2月28日にした商標登録出願(ウイルスバスター等−筆者注)(商願平9−21493号)について・・・・・・「電子計算機用プログラムを記憶させた記録媒体」に使用するときは,「コンピューターウイルスを撃退するためのソフトウェア」であろうと理解させるにすぎず,単に商品の品質,用途を表示するにすぎないものと認める。したがって,この商標登録出願に係る商標は,商標法第3条第1項第3号に該当し,前記商品(役務)以外の電子応用器具及びその部品に使用するときは商品(役務)の品質(質)の誤認を生じさせるそれがあるから,商標法第4条第1項第16号に該当する。」との拒絶理由を通知したこと」を認定したうえで,「以上述べたところからすると,本件商標は一般的に出所識別力が乏しく,原告の信用を化体するものでもなく,そのため被告が本件商標に類似する被告標章をウイルス対策用ディスクに使用しても本件商標の出所識別機能を害することはほとんどないといえるのに対し,被告は,・・・・・・標章を原告が本件商標の登録出願をする前から継続的に使用しており,現在では被告標章は一般需要者が直ちに被告商品であることを認識できるほど著名な商品であるから,本件商標権に基づき被告標章の使用の差止めを認めることは,被告標章が現実の取引において果たしている商品の出所識別機能を著しく害し,これに対する一般需要者の信頼を著しく損なうこととなり,商標の出所識別機能の保護を目的とする商標法の趣旨に反する結果を招来するものと認められる。 したがって,原告の被告に対する本件商標権の行使は権利の濫用として許されないものというべきである。」と判示し,結論として原告の請求を棄却いたしました。 |
4.検討 |
本判決は,商標権侵害が問題となった事案において,商標および指定商品の類似を認めながら(ただし「VIRUS BUSTER」は非類似と判断),結果として商標権行使を権利の濫用として認めませんでした。
上記引用した事実関係を前提とした場合には,この判断は是認できると思われます。商標権侵害に関する事案においては,最近では,本件以外にも商標権行使を権利濫用であるとして請求棄却した判決が登場してきておりますが(東京地裁平11.5.31),商標権が商品の出所識別機能の保護を目的とすることを前提とする以上,本事件の結論は相当であると考えられます。 |