発明 Vol.97 2000-2
知的所有権判例ニュース
書籍の題号が
他人の商品表示等の使用と
認められなかった事例

水谷直樹
1 事件の内容
 被告中山康樹氏は,被告(株)径書房から『スイングジャーナル青春録・大阪編』との題号の書籍を出版しました。
 これに対して,ジャズ音楽の専門誌『スイングジャーナル』を発行している原告(株)スイングジャーナル社は,上記書籍の発行は,原告の著名な商品表示を無断で使用するものであり,不正競争防止法第1条1項2号所定の不正競争行為に該当すると主張して,上記題号使用の差止ならびに損害賠償の支払いを求めて,平成10年に東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。
 
2 争点
 本事件での争点は,
《1》『スイングジャーナル青春録・大阪編』は被告書籍の商品表示といえるか,
《2》被告書籍は,原告主張の商品表示「スイングジャーナル」と同一または類似の商品表示を使用しているといえるか,
でした。

3 裁判所の判断
 東京地方裁判所は,平成11年2月19日に判決を言い渡し,まず上記《1》の争点につき,
 「『スイングジャーナル青春録・大阪編』は本件書籍の題号として用いられていること,本件書籍を特定するに際して,他の特別の表示は一切用いられていないことに照らすならば,本件題号が,本件書籍を表示し,他の商品と区別するために付されていること,すなわち被告の商品表示に当たることは明らかである。」と判示して,被告書籍の題号が被告の商品表示に該当することを認めました。そのうえで,上記《2》の争点について,
 「自己の商品表示中に,他人の商品等表示が含まれていたとしても,その表示の態様からみて専ら,商品の内容・特徴等を叙述,表現するために用いられたにすぎない場合には,同法同号(不正競争防止法第1条1項2号のこと−筆者注)所定の他人の商品等表示を使用したものと評価することはできない。特に,当該商品が書籍であるような場合は,世上,書籍の内容等を窺わせる題号を選択した結果,題号の中に他人の商品等表示を含むことは,しばしばあり得るが,そのような場合に,直ちに,他人の商品等表示を使用したものとすべきではなく,右の観点から判断するのが相当である。」
 「本件書籍は,原告の元編集長を勤めた被告中山が,雑誌『スイングジャーナル』と出会ったこと,ジャズを中心に青春時代を送ったこと等がエピソードを交えて記述され,また,その帯紙には,本件書籍の内容のあらましが,顧客や読者に理解できるように簡潔に説明されている他,『青春音楽文学』と表示され,本書の特徴が一言で表現されている。このように,本件書籍の内容,帯紙の体裁等からすると,本件題号は,本件書籍の内容,特徴を的確に表現するために,選択されたものということができるのであって,題号の選択について,通常と異なる不自然な印象を与える点はないと解される。」
 「本件書籍に接した顧客ないし読者は,通常,『スイングジャーナル』部分を,原告の営業活動と関連させて認識することはなく,むしろ,専ら本件書籍の前記のような内容を説明する部分であると理解すると考えるのが相当である。(のみならず,『スイングジャーナル青春録・大阪編』は,一体のものと認識するのが相当であるから,『スイングジャーナル』と類似するものとは判断できない。)
 したがって,本件書籍の表紙部分等に『スイングジャーナル青春録・大阪編』と表示した被告らの行為は,不正競争防止法第2条1項2号所定の他人の商品等表示と同一若しくは類似のものを使用した行為に該当するものとはいえない。」と判示して,結論として,原告の請求を棄却いたしました。

4 検討
 本事件は,書籍,CD等のタイトル(題号)について,他人の商品表示と同一または類似する商品表示を使用したといえるのか否かが問題となった事例です。
 本事例に類似する従来の事例といたしましては,書籍,CDのタイトルが,他人の商標権を侵害しているといえるのか否かが問題となった事例があります。
 これらの事例においては,CDのタイトルはその性質上,出所表示機能,自他商品識別機能を有しているとはいえないとの理由で,商標権侵害の成立が否定され(井上陽水「UNDER THE SUN」事件−登録商標「UNDER THE SUN」,問題となったCDのタイトルも「UNDER THE SUN」),あるいは書籍のタイトルは,商品(書籍)の内容を説明しているにすぎないとの理由で,商標権侵害の成立が否定されてきております(「気功術実践講座」事件−登録商標「気功術」,問題となった書籍のタイトルは「気功術実践講座」)。
 本事件の判決は,自己の商品表示中に,他人の商品表示等が含まれていたとしても,それが専ら自己の商品の内容,特徴等を叙述,表現するために用いられたにすぎない場合には,他人の商品表示等を使用していると評価することはできないと述べたうえで,『スイングジャーナル青春録・大阪編』は,上記の基準からすると,専ら書籍の内容を説明しているものと理解されると判示しております。
 本件の事実関係を前提とする限り,妥当な判断であると考えられます。
 なお,これらの事例に共通しておりますのは,書籍,CD等の著作物の題号(タイトル)に対して,商標権行使,不正競争防止法に基づく請求を行うことがどこまで可能であるのかという点でありますが,上記各事例の判断基準は,いずれも相当と考えられ,今後のこの種の事例を判断する際の基準として役立つものと思われます。


みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験台格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。