発明 Vol.97 2000-1
知的所有権判例ニュース
無効審判と訂正審決

神谷巖
1 事件の概要
 被告Yは,「大径角形鋼管の製造方法」という名称の発明の特許権者でした。これに対し,原告Xは,昭和61年5月26日特許庁に特許無効審判を請求し,平成3年7月25日無効審決がなされました。その理由は,上記発明は無効審判で引用された技術から当業者が容易に推考できる,というものでした。そこでXは,東京高等裁判所に対して審決取消訴訟を提起しました。被告Yは,その裁判が東京高等裁判所に係属中である平成3年12月17日に,特許庁に対して訂正審判を請求しました。そして特許庁は,平成5年10月28日,この訂正を認める審決をし,この訂正審決は確定しました。しかし東京高等裁判所は,平成7年8月3日,原告Xの請求を棄却する旨の判決をしました。その理由は,次のとおりです。
 《1》 本件訂正審決が確定したことにより,本件明細書の記載が訂正され,出願時にさかのぼって訂正後の本件明細書により出願,特許査定がされたものとみなされるから,右訂正前の本件明細書に基づいて本件発明の内容を認定した本件無効審決には,認定に誤りがあることになる。
 《2》 審決に対する訴え(以下「審決取消訴訟という」。)において当該審決が違法とされるためには,審決における認定判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることを要するところ,特許を無効にすべき旨の審決(以下「無効審決」という。)の取消しを求める訴訟の係属中に当該特許権について明細書の記載を訂正すべき旨の審決(以下「訂正審決」という。)が確定しても,訂正後の明細書に基づく発明を右無効審判において引用された技術と対比して,右無効審決と同旨の理由により同一の結論に達するときは,無効審決における右認定の誤りはその結論に影響を及ぼさないから,無効審決を違法として取り消すことはできない。
 《3》 本件無効審決において引用された周知の技術から訂正後の本件明細書に基づく発明の構成を得ることは当業者にとって容易であって,右発明は特許を受けるべきものではなく,本件無効審決における発明内容の認定の誤りが本件無効審決の結論に影響を及ぼさないから,本件無効審決は取り消されるべきではない。
 ここで問題になったのは,訂正後の発明の要旨が訂正前の発明に対して引用された発明によって無効であると裁判所が判断した場合に,無効審決を取り消して特許庁に再度審理させる必要はない,という理解です。そしてこの点が最高裁判所において問題にされ,最高裁判所は,平成11年3月9日の判決において,そのような取扱を否定したのです。
 
2 裁判所の判断
 審決取消訴訟において,審判の手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は審決を違法とし,叉はこれを適法とする理由として主張することができないことは,当審の判例とするところである(最高裁判所昭和51年3月10日大法廷判決)。明細書の特許請求の範囲が訂正審決により減縮された場合には,減縮後の特許請求の範囲に新たな要件が付加されているから,通常の場合,訂正前の明細書に基づく発明について対比された公知事実のみならず,その他の公知事実との対比を行わなければ,右発明が特許を受けることができるかどうかの判断をすることができない。そしてこのような審理判断を,特許庁における審判の手続を経ることなく,審決取消訴訟の係属する裁判所において第一次的に行うことはできないと解すべきであるから,訂正後の明細書に基づく発明が特許を受けることができるかどうかは,当該特許権についてされた無効審決を取り消した上,改めて特許庁における審判の手続によってこれを審理判断すべきものである。
 もっとも,訂正後の明細書に基づく発明が無効審決において対比されたのと同一の公知事実により無効とされるべき場合があり得ない度はなく,原判決は本件がこのような場合であることを理由とするものであるが,本件において訂正審決がされるためには,平成5年法律第26号による改正前の特許法(以下「旧法」という。)126条3項により,訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならないから,訂正後の明細書に基づく発明が無効審決において対比された公知事実により同様に無効とされるべきであるならば,訂正審決は右規定に反していることになり,そのような場合には,旧法は,訂正の無効の審判(129条)により訂正を無効とし,当該特許権について既にされた無効審決についてはその効力を維持することを予定しているということができる(現行法においては,123条1項8号において,126条4項に違反して訂正審決がされたことが特許の無効原因となる旨を規定するから,右のような場合には,これを理由として改めて特許の無効の審判によりこれを無効とすることが予定されている。)。

3 検討
 特定の発明についての特許が無効であるか,否かは,第一次的に特許庁が行うものであって,審決取消訴訟を担当する裁判所は,その特許庁の判断に対して事後的に審理を行うものです。このことは,特許庁における審判制度と,東京高等裁判所における審決取消訴訟を規定している特許法の構造から明らかです。よって本件判決にも引用された最高裁判所の大法廷判決がなされたわけです。本件では,審決取消訴訟を担当する東京高等裁判所が,無効審決で引用されたのと同じ公知事実によりどうせ無効になるのだから,ということで,特許庁の第一次的な審理は必要ない,と考えたのでしょう。その考え方は,民事訴訟法第320条の,「第一審判決がその理由によれば不当である場合においても,他の理由により正当であるときは,控訴を棄却しなければならない。」という規定を念頭に置いたものでしょうか。しかし第一次的に無効原因を審理するのは特許庁の専権に属することであり,これを奪うことは許されません。なお,無効審決の取消訴訟係属中(第一審である東京高等裁判所であると,上告審である最高裁判所であるとを問わず)において訂正審決が確定した場合には,審決が要旨の認定を誤ったものとして,審決取り消さなければならないことは,本件判決と同日に下された別件の最高裁判所判決によって,確認されています。


かみや いわお 1965年東京工業大学理工学部を卒業,67年同大学院修士課程を修了し,直ちにソニー株式会社に研究者として入社。78年同社を退職し,同年司法試験に合格する。81年弁護士登録をし,主に知的財産権関係の事件を扱う。