知的所有権判例ニュース |
「古文単語暗記用文例中に 著作物性の肯定される文例が 存在することを認めた事例」 |
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(東京地方裁判所平成11年1月29日判決) |
水谷直樹 |
1.事件の内容 |
原告田中雄二氏は,古文単語の暗記のための書籍『ゴロで覚える古文単語記憶術』等の著者であり,被告坂野博行氏も同種書籍の著者であります。
原告は,原告が創作した古文単語暗記のための語呂合わせの文を,被告著書中でそのまま使われたとして,著作権,著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求訴訟を,平成10年に東京地方裁判所に提起いたしました。 |
2.争点 |
同事件での争点は,
(1)古文単語暗記のための語呂合わせの文に著作物性が認められるか。 (2)上記(1)が肯定された場合に,本件で著作権侵害が認められるか。 の2点でした。 |
3.裁判所の判断 |
同事件で著作物性の有無等が争われた古文単語暗記用文例は,全部で42例ありました。
東京地方裁判所は,平成11年1月29日に判決を言渡しましたが,これらの文例につき個々に判断する前提として,まず著作物性の存否を判断するための一般的基準につき, 「著作権法の保護の対象となる著作物については,思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である。ところで,創作的に表現したものというためには,当該作品が,厳密な意味で,独創性の発揮されたものであることは必要でないが,作成者の何らかの個性の表現されたものであることが必要である。文章表現に係る作品において,ごく短いものや表現形式に制約があり,他の表現が想定できない場合や,表現が平凡,かつありふれたものである場合には,筆者の個性が現れていないものとして,創作的な表現であると解することはできない。」 と判示し,このことを前提としたうえで著作物性が問題となった個々の文例につき判断していきました。そのうちの数例を引用すると, 「原告語呂合わせ1(『朝めざましに驚くばかり』筆者注)は,古語『あさまし』及び古語『めざまし』の二語について,その共通する現代語訳『驚くばかりだ』を一体的に連想させて,容易に記憶ができるようにする目的で,二つの古語のいずれにも発音が類似し,かつ,現代語訳と意味のつながる『朝目覚まし』という語句を選択して,これに『驚くばかりだ』を続けて,短い文章にしたものである。 右語呂合わせは,極めて短い文であるが,二つの古語を同時に連想させる語句を選択するという工夫が凝らされている点において,原告の個性的な表現がされているので,著作物性を肯定することができる。 そこで,被告語呂合わせ1(『朝目覚ましに驚き呆れる』筆者注)と原告語呂合わせ1を対比すると,前者は,後者の『驚くばかりだ』を『驚き呆れる』に改めている点が若干相違するが,その他はすべて同じであるから,後者と実質的に同一のものと認められる。したがって,被告語呂合わせ1は,原告語呂合わせ1について原告が有する複製権を侵害する。さらに,原告の氏名が著作者名として表示されていないから,原告の有する氏名表示権を侵害する。なお,前記同一性の程度に照らし,同一性保持権を侵害すると解するのは相当でない。」 「原告語呂合わせ2(『坂下かしこい』筆者注)は,古語『さかし』とその現代語訳『賢い』を一体的に連想させて,容易に記憶ができるようにする目的で,古語と発音が類似し,かつ,現代語訳と意味のつながる『坂下』という人名を選択して,これに『賢い』を続けて,短い文章にしたものである。 右語呂合わせは,ごく平凡で,ありふれたものであり,筆者の個性を発揮した創作的表現とまではいえないから,著作物とは認められない。」 「原告語呂合わせ22(『もっとお急ぎ!試験の準備』筆者注)は,古語『いそぎ』とその現代語訳『準備』を一体的に連想させて,容易に記憶ができるようにする目的で,古語と発音が類似し,かつ,現代語訳と意味のつながる『お急ぎ!』という語句を選択して,これの前後に,『もっと』,『試験の』『準備』を付加して,短い文章にしたものである。右語呂合わせは,古語の発音類似語と現代語訳との単なる組み合わせだけで構成されたものではなく,付加的に表現された部分があることから,原告の個性が現れたものとして,僅かであるが創作性の認められる部分が存在する。 そこで,被告語呂合わせ22(『いそぎの準備』筆者注)と原告語呂合わせ22とを対比すると,前者は原告の個性的表現部分を一切含んでいないから,後者と実質的に同一のものとはいえない。したがって,被告語呂合わせ22は,原告語呂合わせ22についての原告の複製権,氏名表示権及び同一性保持権を侵害しない。」 等と判示して,合計3件の文例につき複製権侵害を認め,被告に対して金10万円の損害賠償等の支払いを命じました。 |
4.検討 |
本事件は,古文単語暗記用の語呂合わせ文の著作物性について判断した事例ですが,短文や短い造語に著作物性が認められるのか否かについては,従来から争いがありました。
この点については,スローガン,キャッチフレーズ,広告コピー等には著作物性を認めず,俳句には,これを認める傾向が強いと言われてきております。 いずれにしても,この点について判断する決め手は,短文中に創作的表現の存在が認められるのか否かであることは,言うまでもありません。 本事件は,古文単語の語呂合わせの暗記用の短文に著作物性が認められるのか否かを,創作的表現の有無という観点から,文例ごとに個別に検討して,ケース・バイ・ケースで結論を出しております。 前記判決によれば「朝めざましに驚くばかりなり」等の短文にも著作物性が認められるとのことでありますので,このことを前提とする限り,あくまでもケース・バイ・ケースであるとはいえ,同判決は,広告用のコピー文等についても,今後著作権性が肯定されるケースが出てくることを示唆しているものとも考えられ,この点でも参考になるものと思われます。 |