知的所有権判例ニュース |
「漫画からテレビドラマへの翻案が否定された事例」 |
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(東京地方裁判所平成10年8月29日判決) |
水谷直樹 |
1.事件の内容 |
原告西田昇氏は漫画家であり,「先生,僕ですよ」というタイトルの漫画の著作者です。
他方で,被告(株)フジテレビジョンは「地獄のタクシー」というタイトルのテレビドラマを放映いたしました。 原告は,被告が放映したテレビドラマは,自己が著作権を有する漫画作品「先生,僕ですよ」を無断で翻案したものであるから翻案権を侵害しており,かつ著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)をも侵害していると主張して,平成8年に,(株)フジテレビジョン,脚本家等3名に対して,謝罪広告の掲載ならびに損害賠償の支払いを求めて,東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。 |
2.争点 |
同事件での争点は,被告(株)フジテレビジョンが放映した「地獄のタクシー」が,原告の漫画作品を翻案したものであるのか否かとの点でありました。
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3.裁判所の判断 |
東京地方裁判所は平成10年6月29日に判決を言い渡しましたが,まず翻案を認めるための一般的基準について,
「本件番組が本件著作物を翻案したものということができるためには,被告らが,本件著作物に依拠して,本件番組を製作し,かつ,本件著作物の表現形式上の本質的特徴を本件番組から直接感得することができることが必要である。」 と判示したうえで,本件番組と本件著作物を,《1》基本的なストーリー及びテーマ,《2》ストーリーの流れ,《3》画像の3点において対比しました。まず《1》の基本的なストーリー及びテーマについては, 「本件著作物の基本的なストーリーは,実験動物を残虐に扱い,それを楽しんでいる主人公が,残虐に扱った実験動物から,自分が動物に対してしたのと同じようなことをされ,殺されるというものであるのに対し,本件番組の基本的なストーリーは,医師のモラルを忘れ,人間や動物の命を軽視する傲慢な医師が,患者や動物から恐ろしい目にあわされ,地獄へ連れ去られるというものであって,本件番組は,動物の命を軽視した医師が動物から恐ろしい目にあわされるという点では,本件著作物と共通しているものの,それのみをテーマとするものではなく,医師としての基本的なモラルを欠く医師が罰せられるという,本件著作物には見られない重要な点を含んでいる。」 と認定し,上記《2》,《3》についても同様に類似点と相違点を認定したうえで,結論として, 「(一)《証拠略》によると,動物が人間の姿になって人間を襲うという話は,以前から多くの映画や漫画に取り上げられたが,ネズミが人間のような姿になって手術をするという話は,本件著作物より前には存せず,これは原告の創作に係るものと認められ,この点で本件著作物と本件番組は類似するといえる。しかし,原告の創作に係る右のような話は,それ自体としては,アイデアに過ぎないものといわざるを得ないのであり,その点が似ているからといって直ちに本件著作物の表現形式上の本質的特徴を本件番組から直接感得することができることにはならない。 (二)もっとも,本件著作物と本件番組を対比した場合,右2で認定したとおり,ストーリーや画像において似ている点があるものと認められる。 しかし,右2(一)のとおり,本件番組と本件著作物とはテーマが異なり,そのため,本件番組は,基本的なストーリーにおいて本件著作物には存在しないものが含まれているし,本件著作物の主人公と本件番組の豪林とはその人物の描き方も相違している。また,ストーリーの流れも,具体的な表現を捨象した粗筋を見れば,主人公又は豪林が非現実の世界に入り込み,そこで等身大化したネズミから手術されるという点で同じであるが,右粗筋を具体的に表現したものとして本件著作物と本件番組を比較すれば,右2(二)のとおり大部分は異なっており,ネズミの医師が主人公又は豪林を手術するという部分には,似ている部分があるが,そこにおけるせりふやその場面から感得される印象は異なっている。さらに,画像についても似ている点があるが,右2(三)のとおり,いずれも必ずしも本件著作物特有の表現と言い難いものである。以上を総合すると,本件著作物の表現形式上の本質的特徴を本件番組から直接感得することができるとまでいうことはできない。」 と判示して,原告の請求を棄却いたしました。 |
4.検討 |
本件では,漫画作品がテレビドラマに翻案されたといえるのか否かが問題となっております。
漫画とテレビドラマとでは,一方が漫画,他方が映像作品であって,作品のジャンルが相違しているため,複製ではなく翻案が問題になるということになります。 判決は,翻案がなされたといえるのか否かの基準について,テレビドラマ中において,漫画作品の「表現形式の本質的特徴を感得できるのか否か」を問題としていますが,この点は最高裁判所がパロディ判決において判示した基準を踏襲しているものと考えられます。 翻案が問題となる場合には,原作品との間で,作品としてのジャンルの相違が問題となるのみならず,作品の内容自体においても,原作品と翻案が問題になる作品との間に共通点,相違点が共に併存しているのが通常であり,これらの共通点,相違点のうち,共通点において,原作品の「表現形式の本質的特徴」を,翻案の有無が問題となっている作品中において「感得できるのか否か」が,翻案の有無を決定づけることになるものと考えられます。 本判決では,この点について上記引用のとおりの認定を行い,結論として翻案の存在を否定しております。 翻案が存在したことを認定するためには,上記の点以外にも,原作品への依拠(アクセス)があったことが必要になりますが,本判決では,この点を判断しなくとも結論を出すことができたために,判決中では特に触れられておりません。本判決は,翻案の有無を具体的に判断した事例の一つとして,今後参考になるものと考えられます。 |