発明 Vol.96 1999-5
知的所有権判例ニュース
製法が限定された物の発明の権利範囲

1.事件の概要
 原告Xは,発明の名称を「ポリエチレン伸延フィラメント」とする発明について特許権を有していました。そして第三者甲に対して,専用実施権を設定していました。この発明の特許請求の範囲に記載された構成要件を分節すると,次のようになります。
 構成要件1ある製法Aにより得られうろこと
 構成要件2ある物性を備えた物質Bであること
 被告Yは,上記構成要件2を満たす物質Bを,本件発明の出願日後で且つ出願公告される以前から,製造・販売していました。但し本件判決が認定したところでは,その製法が上記Aの製法と同一であることは,立証されていないようです。
 原告Xは被告Yに対し,被告製品は上記構成要件2記載の物質Bと同じ物性を有するのであるから,本件特許権を侵害するものだとして,被告製品の製造・販売の差止,不当利得(の一部)の返還を請求して,本件訴訟を提起しました。この訴訟では,以下の3つの争点がありました。
 第1の争点本件特許権を侵害するというためには,上記製法Aにより製造されたということが必要であるか否か
 第2の争点専用実施権を第三者甲に設定した特許権者Xが,差止請求をすることができるか否か
 第3の争点仮に特許権侵害が認定されるとして,不当利得の額をどう算定するか
 の3点です。本件判決は,上記の第1の争点についての判断により,侵害が成立しないこととされたので,第2,第3の争点に対しては,判断が下されませんでした。よってここでも,第1の争点についてのみ紹介し,他の争点にはこれ以上触れないこととします。
 
2.上記争点1に関する当事者の主張
 原告は,次のように主張しました。本件特許発明の構成要件において,製法Aによって「得られうる」とは,単にその製法Aによって製造することができることを意味するものであり,その製法Aによって製造されたことまで要求されるものではない。
 これに対して被告Yは,次のように主張しました。即ち,上記構成要件2記載の物性を備える物自体は,本件特許の優先権主張日以前において公知であった。すると本件発明の権利範囲は,物自体に対するものではない。本件発明の特許請求の範囲において,わざわざ製法が記載されているのは,この公知技術との対比の必要から加えられたもので,上記構成要件2記載の物性だけでは,新規なものとして表現できないからである。従って,本件発明の構成要件1における「得られうる」とは,本件発明の構成要件Aの製法によって製造された物質Bに限定する趣旨である。

3.裁判所の判断
 東京地方裁判所は,平成10年9月11日に,原告Xの請求を棄却する旨の判決を下しました。そして上記争点1については,被告が主張する物質B自体が,本件特許の出願日以前に公知であったことを,詳細に検討して認めた上で,次のように判示しました。
 《1》 本件発明は,構成要件2記載の物性を有するというだけでは新規性を有しないものであり,上記構成要件1の製法Aを特許請求の範囲に規定することによって初めて新規なものとして特許性が認められたのであるから,製法Aは,特許の対象となる物を限定し,特定する要素として理解しなければならない。
 《2》 一般に,特許請求の範囲が製造方法によって特定された物であっても,対象とされる物が特許を受けることができる物である場合には,特許の対象を,当該製造方法による物に限定して解釈する必然性はなく,これと製造方法は異なるが物としては同一であるものも含まれると解することができる。
 《3》 本件発明の構成要件1は,その製造方法で製造されること自体を要求する趣旨の要件ではなく,その製造方法で製造された物と,物としての同一性があることを要求する趣旨の要件と解すべきである。
 《4》 被告製品が構成要件1を充足すると認められるためには,被告製品が,構成要件1の製法によって特定される物と,物としての同一性があることが認められる必要があり,そのためには,
 イ.被告製品が構成要件lの製法によって現に製造されている事実が認められるか,
 ロ.構成要件1の製法によって特定される物の構造または特性が明らかにされた上で,被告製品がこれと同一の構造若しくは特性を有することが認められる
 必要がある。しかし本件では,上記イ,ロのいずれも原告Xによって主張,立証されていない。

4.検討
 この事件は,いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームであり,特許請求の範囲の記載が,特定の製法による物質に関する発明です。このような場合に,製法まで限定して権利解釈をするのか,製法の記載は単に物を特定するための手段に過ぎずその物全体に特許権が及ぶのか,という問題に答えるものです。
 裁判所の《1》の判断は,妥当だと考えます。特許されたのが製法を特定するためであって,物質自体では特許性がない場合は,製法も限定して特許権の権利範囲を確定するべきでしよう。
 裁判所の《2》の判断は,東京高等裁判所の平成9年7月17日の判決でも述べられたことで,妥当だと思います。
 裁判所の《3》の判断は,上記《1》の判断と矛盾するのではないでしょうか。本件発明は製法も限定された物質に関する発明に関するものだというのが上記《1》の判断なのですから。
 裁判所の《4》の判断も,結論として侵害が成立しないとした点では賛成できますが,理由付けには賛成できません。本件は,特許発明が製法も限定されたものであり,被告製品の製法がその製法と同一であることが原告によって主張,立証されていないのですから,そのような理由で棄却すべきだったのではないでしょうか。


かみや いわお 1965年東京工業大学理工学部を卒業.67年同大学院修士課程を修了し,直ちにソニー株式会社に研究者として入社。78年同社を退職し,同年司法試験に合格する。81年弁護士登録をし,主に知的財産権関係の事件を扱う。