発明 Vol.96 1999-4
知的所有権判例ニュース
不正競争防止法2条1項1号の「混同を生じさせる行為」には
広義の混同が含まれることを明確にした判例
(最高裁判所平成10年9月10日判決)
水谷直樹
1.事件の内容
 上告人シャネルエスアーは,フランスのシャネル・グループの商標権等の知的財産権を管理するスイス法人であり,被上告人は,千葉県松戸市で小規模な「スナックシャネル」を経営する個人であります。
 上告人は,被上告人が,上記営業表示のもとで営業行為をなすことは,不正競争防止法に違反するとして,平成4年に千葉地方裁判所松戸支部に,上記営業表示の使用差止,損害賠償の支払等を請求して,訴訟を提起いたしました。
 同裁判所は,平成6年1月26日に上告人(原告)の請求を認める判決を言い渡しましたため,被上告人(被告)が東京高等裁判所に控訴いたしました。
 ところが,東京高等裁判所は,平成6年9月29日に判決を言い渡し,原審で認容された上告人(被控訴人)の請求を棄却する旨の逆転の判決を言い渡しました。
 そこで,上告人が最高裁判所に上告いたしました。
 
2.争点
 上告審での争点は,被上告人が「スナックシャネル」の営業表示を使用することが,シャネル・グループの営業上の施設または活動と混同を生ぜしめることになるのか否か,という点でありました。

3.裁判所の判断
 最高裁判所は,平成10年9月10日に判決を言い渡し,上記争点につき,「旧不正競争防止法(平成5年法律第47号による改正前のもの。以下,これを『旧法』といい,右改正後のものを『新法』という。)1条1項2号に規定する『混同ヲ生ゼシムル行為』とは,他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が自己と右他人とを同一営業主体として誤信させる行為のみならず,両者間にいわゆる親会社,子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係又は同一の表示の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信させる行為(以下『広義の混同惹起行為』という。)をも包含し,混同を生じさせる行為というためには両者間に競争関係があることを要しないと解すべきことは,当審の判例とするところである。」「本件は,新法附則2条により新法2条1項1号,3条1項,4条が適用されるべきものであるが,新法2条1項1号に規定する『混同を生じさせる行為』は,右判例が旧法1条1項2号の『混合ヲ生ゼシムル行為』について判示するのと同様,広義の混同惹起行為をも包含するものと解するのが相当である。けだし,(一)旧法1条1項2号の規定と新法2条1項1号の規定は,いずれ他人の周知の営業表示と同一又は類似の営業表示が無断で使用されることにより周知の営業表示を使用する他人の利益が不当に害されることを防止するという点において,その趣旨を同じくする規定であり,(二)右判例は,企業経営の多角化,同一の表示の商品化事業により結束する企業グループの形成,有名ブランドの成立等,企業を取り巻く経済,社会環境の変化に応じて,周知の営業表示を使用する者の正当な利益を保護するためには,広義の混同惹起行為をも禁止することが必要であるというものであると解されるところ,このような周知の営業表示を保護する必要性は,新法の下においても変わりはなく,(三)新たに設けられた新法2条1項2号の規定は,他人の著名な営業表示の保護を旧法よりも徹底しようとするもので,この規定が新設されたからといって,周知の営業表示が保護されるべき場合を限定的に解すべき理由とはならないからである。
 これを本件についてみると,被上告人の営業の内容は,その種類,規模等において現にシャネル・グループの営む営業とは異なるものの,『シャネル』の表示の周知性が極めて高いこと,シャネル・グループの属するファッション関連業界の企業においてもその経営が多角化する傾向にあること等,本件事実関係の下においては,被上告人営業表示の使用により,一般の消費者が,被上告人とシャネル・グループの企業との間に緊密な営業上の関係又は同一の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信するおそれがあるものということができる。したがって,被上告人が上告人の営業表示である『シャネル』と類似する被上告人営業表示を使用する行為は,新法2条1項1号に規定する『混同を生じさせる行為』に当たり,上告人の営業上の利益を侵害するものというべきである。」と判示して,原審の東京高等裁判所の判決を破棄して,上告人の差止請求を再度認容いたしました。

4.検討
 本事件は,フランスの著名な企業グループの名称を,個人がスナックの屋号(営業表示)として使用することが不正競争防止法に違反するのか否かか争われた事案です。
 被上告人は,営業規模,内容等からすると,被上告人が上告人の企業グループの一員もしくはこれと何らかの関係があるものと誤認されるおそれはないものと争ってきましたが,裁判所は,この主張を容れず,上記のとおり判示いたしました。
 一般消費者が,事実問題として,常に上記判示のとおり誤認するのか否かについては評価が分かれるかもしれませんが,規範的な判断としては,上記判断はやむを得なかったものと考えられます。
 なお,不正競争防止法(新法)2条1項2号は,著名な営業表示の保護を規定しており,同号は「混同を生じさせる行為」の存在を要求しておりませんが,同号は遡及適用されないため,本事件では,遡及適用される同条2条1項1号の解釈が争われたものです。
 そして,最高裁判所は,「混同を生じさせる行為」の解釈につき,新法においても,旧法時代と同様の解釈を維持することを明確にしたもので,これにより,新法2条1項1号の解釈が,旧法の場合と同様であることが確定したものと言えます。


みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。