知的所有権判例ニュース |
特許権存続期間の延長の可否 |
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神谷 巖 |
1.事件の概要 |
この事件には,通常実施権者だとか合併だとかが出てきますが,本論には必要がないので,その部分をカットして述べます。原告Xはある薬品の製造方法の発明(以下本件発明といいます)についての特許権者です。Xはこの製法によって製造される化合物を含む医薬品をアレルギー性鼻炎に効能がある点鼻薬を製造・販売するに当たり,厚生大臣による製造承認を得ました。そして本件発明の実施には上記製造承認が必要であったことを理由として,特許権存続期間延長登録出願をしました。しかしこの出願は拒絶され,拒絶査定不服の審判を請求しましたが,審判請求は成り立たない,との審決を受けたので,本件の審決取消請求訴訟を提起しました。
審決の要旨は,本件発明を実施したアレルギー性鼻炎に効能がある医薬品としては,既にXによって内服カプセル製剤について厚生大臣の製造承認が与えられており,今回の承認は初めての承認ではなかった,という点にあります。即ち,薬事法上は剤形が異なるごとに厚生大臣の製造承認が必要とはされるとしても,この前回の承認により,その用途に使用する物について特許発明の実施ができた筈であり,今回の承認は必要がなかった,という議論です。そしてこの審決は,特許権存続期間の延長制度に関する特許庁の運用指針に照らしても,処分が複数ある場合,有効成分及びその効能効果が同一の他の承認(剤形のみが異なる承認)を受けることは,その特許発明の実施に必要であったものとは認められない,とするものです。 |
2.争点 |
Xが掲げた本件審決の取消事由は,次のとおり3つあります。
《1》 特許法第67条第3項は,医薬品の場合についていうと,特許発明の実施に薬事法の規定による承認を得ることが必要であったために特許発明の実施が2年以上できなかったことのみを延長登録要件としている。最初の承認であることは必要条件とはされていない。 《2》 本件審決は,有効成分を物,治療目的としての効能を特許法第68条の2の用途として一義的に把握している。しかし経口投与剤(錠剤やカプセル)や外用剤(点鼻薬や軟膏)というより狭い意味で把握すべきである。 《3》 本件の場合,最初の承認は特許期間延長制度の創設以前のものであり,アレルギー性鼻炎についての本件発明の実施について,特許期間の延長が一度もなされていないから,今回の承認が最初の承認である。 |
3.裁判所の判断 |
東京高等裁判所は,平成10年3月5日,請求を棄却する旨の判決を言い渡しました。各争点についての判断は,次のとおりです。
《1》 同じ物及び同じ用途に使用されるものに特許期間の延長効果を何回も付与することは法の予定するところではない。よって特許期間の延長登録が認められるためには,最初の承認であることを要する。 《2》 特許法第68条の2によれば,剤形に錠剤,カプセル剤,点鼻薬などの違いがあっても,いずれにも延長後の特許権の効力が及ぶから,これらを別の物の用途についての特許発明の実施とみるべき理由はない。 《3》 特許期間の延長制度の導入に当たっては,格別の経過措置も設けられていないから,やむを得ない。 |
4.検討 |
特許権の存続期間は,特許法第67条第1項により特許出願の日から20年をもって終了するとされていますが,医薬品や農薬関係の発明においては,特許設定の登録後もすぐには実施できない場合があります。同条第2項は,「その特許発明の実施について安全性の確保を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることが2年以上できなかったときは」延長登録出願ができると定めています。
さて本件では,同一の用途について剤形が異なる薬剤について既に厚生省の製造承認がなされている場合には,新しい剤形について製造承認が与えられたとしても,延長登録は許されない(最初の製造承認に基づくものであることを要する),という判断を下したものですが,妥当とは思われません。特許法第67条の3に記載されているどの拒絶理由にも当たらないからです。そして同条第3項では「延長登録の出願について拒絶の理由を発見しないときは,延長登録をすべき査定をしなければならない」とされ,拒絶理由は限定列挙です。それ以外の理由を拒絶理由とすることは許されないものといわなければなりません。勿論すべての法制度はその立法理由があるのですから,例えば一度ある期間の延長登録がなされたのに,再度同一の期間について延長登録を求められたような場合等を考えれば,複数の延長登録出願が拒絶されうるものであることは分かります。例えば,特許法第123条第1項に規定する無効審判を請求するには,特に法に規定はなくとも,法律上の利害関係が必要である,とされていることに対比できます。しかしながら,今回は2度目の延長登録出願ではなく,2度目の製造承認に基づく延長登録出願であり,しかもl度目の製造承認を基にしては(この延長制度が制定される以前の承認であったため)延長登録出願がなされなかったのです。このような場合に,延長登録出願を認めることは,正に立法趣旨にかなうのではないでしょうか。しかも仮に同一の用途ではあっても,剤形ごとに製造承認が得られるまでの期間の長さが異なり,後の製造承認に基づく延長期間の方が長いような場合には,やはり延長登録を認めないと,特許権者に酷ではないでしょうか。薬事法第14条第2項の規定によりますと,単に前回の製造承認とは剤形が異なる場合ではあっても,新たな製造承認が必要であるとされているのです。 本判決では,特許法第68条の2の規定により,特定の剤形についての延長登録ではあっても,その用途全体について延長の効果が認められることを理由の一つとしています。しかしながら,薬事法の規定によれば,特許権者といえども製造承認がなければ実施することができなかったのです。その用途全体について特許権が及ぶからといって,延長登録を拒絶することを正当化するものとは考えられません。 |