発明 Vol.96 1999-2
知的所有権判例ニュース
商標法51条1項に基づく商標
取消請求が認められた事例
(東京高等裁判所平成10年6月30日判決)
水谷直樹
1.事件の内容
 本事件の被告(株)イケガミは,商品区分(旧)第17類,指定商品を「被服,布製身回品,寝具類」とする,ゴシック片仮名文字「アフタヌーンティー」,ゴシックアルファベット文字「AFTERNOON」を2段に横書きしてなる登録商標を有しておりました。他方,本事件の原告(株)サザビーは,昭和56年ころから後記商標(A)を,家具,台所用品,日用品,文房具等の雑貨に使用しておりましたところ,被告(株)イケガミは,平成5年3月,後記商標(B)を,若い女性向けのシャツ,ブラウス,ワンピース等の被服に使用開始しました。
 そこで,原告は,平成7年に,被告による後記商標(B)の使用は商標法51条1項に違反するとして,特許庁に対して商標登録取消審判を請求しましたが却下されたため,平成9年に東京高等裁判所に上記審決の取消訴訟を提起いたしました。
 
2.争点
 本事件での争点は,商標法51条1項の適用要件の存否が問題であったため,
 《1》 商標(B)は,被告の上記登録商標と同一の範囲にあるのか,類似の範囲にあるのか。
 《2》 被告が商標(B)を使用することは,原告の業務にかかる商品との間に出所の誤認混同を生じさせるか。
 《3》 被告に故意が認められるか。
でした。

3.裁判所の判断
 東京高等裁判所は,平成10年6月30日に判決を言い渡し,まず《1》の争点について,「請求人使用商標(B)は,アルファベット文字のみで「AfternoonTea」と表したもので,「A」と「T」のみを大文字とし,他のアルファベット文字を小文字で表し,2つの単語からなるものであるように表示しながら,「Afternoon」の末尾の「n」と「Tea」の「T」を近接させたもので,文字の配列において請求人使用商標(商標(A)のこと−筆者注)と同一である。しかも,書体において白抜きの請求人使用商標を黒ベタにしたものとまったく同一の形態であることが明らかであって,このような変更により,被請求人使用商標(B)は,請求人使用商標と同一の形態に近づく方向へ変更されているものである。したがって,被請求人使用商標(B)の使用は,使用上普通に行われる程度の変更を加えたものと解することはできず,商標法51条1項にいう「登録商標に類似する商標の使用」に当たると認められる。」と判示し,争点《2》については,「上記《1》に認定の事実によれば,原告が本件審判請求をした平成7年1月時点はもちろん,被告が被請求人使用商標(B)の使用を開始した平成5年3月時点にいても,原告が「アフタヌーンティー店舗」の商号として及びそこで販売される生活雑貨の商標として使用する「AFTERNOON TEA」が,その主たる顧客層である若い女性層に周知であり,請求人使用商標も,同様に,「アフタヌーンティー店舗」で販売される生活雑貨の商標として若い女性層を中心に周知であったことが認められる。」
 「被請求人使用商標(B)は,白抜きと黒ベタの違いはあるが,請求人使用商標に極めて形態が近似した商標であるといわざるをえない。」
 「原告が本件審判請求をした平成7年1月時点はもちろん,被告が被請求人使用商標(B)の使用を開始した平成5年3月時点においても,原告が『アフタヌーンティー店舗』の商号として及びそこで販売される生活雑貨の商標として使用する『AFTERNOON TEA』がその主たる顧客層である若い女性層に周知であり,しかも,請求人使用商標が,同様に,『アフタヌーンティー店舗』で販売される生活雑貨の商標として若い女性層を中心に周知であったことは,前記認定のとおりであるところ,『シャツ,ブラウス,ワンピース,パンツ,スカート,セーター,カーディガン,マフラー,靴下』は,若い女性層が上記生活雑貨と同様に強い関心を持つ商品であると認められる。」
 「以上の認定事実及び説示に照らすと,被告が請求人使用商標に形態が極めて近似した被請求人使用商標(B)を若い女性向けの『シャツ,ブラウス,ワンピース,パンツ,スカート,セーター,カーディガン,マフラー,靴下』に使用すれば,被告が単に『AFTERNOON TEA』の商標を使用することによって当然生ずる出所の混同のおそれを超えて,その商品が原告又は原告と経済的若しくは組織的に何らかの関係がある者の業務に係る商品ではないかとその出所について誤認混同されるおそれがあるものと認められる。」
 と判示し,さらに争点《3》についても,
 「そうすると,被告の担当者は,被請求人使用商標(B)を被告の販売する被服に使用すれば,その商品が原告又は原告と経済的若しくは組織的に何らかの関係がある者の業務に係る商品ではないかとその出所について誤認混同されるおそれがあることを認識していたものと認められる。」
 と判示して,商標法51条1項の適用要件がすべて具備されていることを認めたうえで,「したがって,被請求人使用商標(B)の使用は,本件商標の変更使用とはいい得ないとの審決の判断,及び被告が,被請求人使用商標(B)を商品「被服」について使用したとしても,請求人使用商標との関係において,混同を生ずるおそれはないとの審決の判断は,いずれも誤りであり,しかも,被告には故意も認められるものであるから,原告主張の取消事由は,理由がある。」と結論いたしました。

4.検討
 本事件は,商標法51条1項の適用をめぐる比較的珍しい事件の一つといえます(類似事件として,本誌平成9年2月号掲載の判例も参照してください)。本判決で認定されている事実関係を前提とする限りは,上記の結論は相当と考えられますが,今後の同種事例に遭遇した際の指針の一つとなるものと考えられます。


みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。