発明 Vol.95 1998-12
知的所有権判例ニュース
「受験用テスト問題集の著作物性が肯定された事例」
(東京地方裁判所平成8年9月27日制決/東京高等裁判所平成10年2月12日判決)
水谷直樹
1.事件の内容
 原告(有)四谷大塚進学教室(後に(株)四谷大塚出版に組織変更)は,私立中学進学希望者に対する日曜教室を開催しており,「日曜教室テスト問題」を作成して,教材として使用しております。
 一方,被告(株)アイ・シーは,上記「日曜教室テスト問題」に準拠した「四進レクチャー」を作成して,これを通信販売等により販売しております。
 そこで,原告は,被告に対して,被告の上記行為は,原告が有する著作権を侵害すると主張して,原告テスト問題の印刷(複製),販売等の差止め,損害賠償の支払い等を求めて,昭和63年に東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。
 
2.争点
 上記訴訟での争点は,
《1》 原告のテスト問題集は,受験用の個々の問題(素材)を編集したものであるが,これが編集著作物に該当するか,
《2》 被告の「四進レクチャー」は,原告のテスト問題集を複製したと言えるか,
でした。

3.裁判所の判断
 東京地方裁判所は,平成8年9月27日に判決を言い渡し,上記《1》の争点については,
 「ところで,著作権法12条1項は,データベースに該当するものを除き,編集物であってその素材の選択又は配列に創作性を有するものは,著作物として保護する旨規定し,素材の収集,分類,選択,配列が一定の方針あるいは目的の下に行われ,そこに創作性を見出すことができるのであれば,全体を著作物として扱うことに明らかにしているところ,右認定事実によれば,原告問題は,私立中学校等の入試試験に合格することを目指した児童の学力の定着と向上を目的とするとともに,その目的を達成するために,予め原告の定めたカリキュラムに基づき,前記1(3)のような指針の下に作成されていると認められるのであるから,各教科1回分の原告問題には,素材としての問題の選択又は配列に関する創作性の存在を認めることができるものというべきである。
 もっとも,特に平常の日曜教室テスト問題については,文部省の定める学習指導要領の構成からかけ離れたカリキュラムを定めることはできず,日曜教室の最終的目的が私立中学校等の入試試験の合格にあることに鑑みれば,原告が素材の選択又は配列の創作性の根拠として掲げる事項も,受験指導を行う同業者において一般的に採用されている指導方針であることが推測され,問題数に制約があることも併せ考慮すると,原告問題の作成に際しての素材としての各設問の選択又は配列における創作性は,ある程度限られたものであることも否定できないと解される。
 しかしながら,編集著作物における創作性とは,従前見られないような選択又は配列の方法を採るといった高度の創作性を意味するものではなく,素材の選択又は配列に何らかの形で人間の創作活動の成果が顕れていることをもって足りると解すべきであり,ことに原告問題のような私立中学校等の入試試験対策用のテスト問題においては,指導の目的及び問題作成の指針は抽象的には同業者間で共通するところがあるとしても,指導目的(最終的には合格)の達成に寄与するテスト問題として具体化することがまさに重要であると認められるのであるから,問題数が限られているとはいっても前記のとおり小問の数まで考えれば全体の問題数は決して少なくなく,限られた学習範囲の中における具体化の過程では,問題作成者の学識,経験,個性等が重要な役割を果たすものと解される。
 したがって,原告問題における各設問の選択又は配列における創作性の幅にある程度の制約があるとしても,そのことから原告問題の編集著作物としての著作物性を否定することにはならない。」
 と判示したうえで,前記《2》の争点については,被告教材の一部を除いては,「両者を対比すると,被告問題には,問題文における指示の仕方,図形表記の仕方,選択肢の配列順序及び統計資料の年度・・・・・・等に関し,別紙対照表の該当番号に対応する原告問題と若干の相違が見受けられるものもあるが,それらのものも,問題として与えられた数式,前提事項はもとより,求められる解答や問題冒頭の題目までほぼ完全に一致しており,原告問題における素材としての問題の選択と配列に関する創作性がそのまま再現されているものということができる。」
 また,上記以外の被告教材て,男子用の問題と女子用の問題が混在している分についても,
 「被告問題の設問1及び2は原告の男子用問題の設問1及び2,被告問題設問3ないし7は原告の女子用問題の設問3ないし7というように,被告問題の設問の順序は対応する男子用問題あるいは女子用問題の設問の順序に従っており,設問の合計数も原告問題と同じとなっており,被告独自の観点から設問の順序を変更し構成し直したものではないから,合不合判定テスト問題の右特殊性をも併せ考慮すると,原告の男子用と女子用の問題を組み合わせた被告問題は,それぞれの問題の選択と配列に関する創作性を再生したものと認めるのが相当である。」
 と判示して,原告の主張を認め,請求をほぼ認容いたしました。
 これに対して,被告は東京高等裁判所に控訴しましたが,東京高等裁判所も,平成10年2月12日に,一審判決と同様の理由に基づき控訴を棄却する旨の判決を言い渡しました。

4.検討
 本事件では,受験用の試験問題集の著作物性が争われましたが,判決は,試験問題の内容が文部省の学習指導要領等により枠がはめられており,また,私立中学受験の合格を目標としている以上,素材の選択,配列という点からは創作性の幅が狭くなることを認めつつも,なお,その範囲内では創作性を認めることが可能であると判示しております。
 著作物性の有無は,個別の判断にかかる問題ですが,一般論としては,上記判断のとおりと考えられます。
 また,本件で被告教材は,原告問題集に完全に依拠していると思われるため,原告問題集を複製したことが認められたこともやむを得なかったものと思われます。


みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。