発明 Vol.95 1998-10
知的所有権判例ニュース
(株)ミシュランを商号として
使用することに対する
差止請求等が認められた事例
(東京地方裁判所平成10年3月30日判決)
水谷直樹
1.事件の内容
 原告コンパニー・ゼネラール・デ・ゼタブリマスン・ミシュラン・ミシュラン・エ・コンパニー(以下「原告ミシュラン」という)は,自動車タイヤの製造,販売等を主要な業務とし,被告(株)ミシュランは,サンドイッチ,弁当等の製造,販売等を主要な業務としておりました。
 原告ミシュランは,被告(株)ミシュランに対して,被告が(株)ミシュランの商号を使用して営業活動をすることは,原告の営業活動との間に誤認混同を生じさせるものであるから,不正競争防止法2条1項1号または2号に違反すると主張して,被告商号の使用の差止等を請求して,平成9年に東京地方裁判所に訴訟を提起しました。
 
2.争点
 同訴訟での争点は,
 《1》 原告ミシュランの「ミシュラン」は,我が国において著名または周知の営業または商品表示と言えるか。
 《2》 被告が,その商号を(株)ミシュランとして営業活動をすることが,原告との間に営業活動上の誤認混同を生じさせるか。

3.判決
 東京地方裁判所は,平成10年3月30日に判決を言い渡しましたが,まず上記《1》の争点については,原告が証拠として提出した営業状況を示す資料(この中には,原告がレストランガイド,旅行用地図を発行していることを示す資料も含まれていました)に基づいて,細かく事実認定したうえで,
 「右認定の事実によれば『ミシュラン』の表示は,我が国において,遅くとも昭和52年ころには,原告の商品及び営業を示す表示として広く認識されており,それ以後,現在に至るまで,広く認識されているものと認められる。」と判示して,我が国における「ミシュラン」表示の周知性を肯定いたしました。
 更に判決は,上記《2》の争点について,
 「企業の経営が多角化した今日においては,当該企業自体はもとより,当該企業と親会社,子会社の関係にある企業や系列企業が,当該企業が本業としていた分野以外の事業に携わることが少なくないため,周知表示の主体と類似表示の使用者との間に直接の競業関係が存在せず,周知表示の主体の本業と異なる分野の事業に類似表示が用いられた場合にも、類似表示の使用者と周知表示の主体との間に営業上の密接な関係があると誤信される可能性が高く、このような誤解が生じることにより,周知表示の主体について,売上げの減少や周知表示の顧客吸引力減殺など有形無形の損害が生じ又は生じるおそれがある。不正競争防止法は,周知表示を保護する観点から,周知表示に対するこのような侵害行為をも防止しようとしているものであるから,同法2条1項1号の「混同を生じさせる行為」とは,他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が,自己と右他人とを同一営業主体と誤信させる行為のみならず,両者間にいわゆる親会社,子会社の関係ないしは同一の商品化事業を営むグループに属する関係などの密接な営業上の関係が存するものと誤信させる行為をも包含するものと解するのが相当である。
 これを本件についてみると,前記−1認定の原告の事業内容,前記−2認定の原告の営業表示の周知性,前記二認定の被告らの事業内容,前記三認定の原告の営業表示と被告会社の営業表示の類似性に照らせば,被告らが,「株式会社ミシュラン」の商号を,被告会社の営業表示として使用し,サンドイッチ,弁当等の製造販売,居酒屋の経営を行っていることは,被告らが,原告の営業表示と類似の営業表示を使用し,被告会社と原告とを同一営業主体と誤信させるか,若しくは,原告と被告会社の間に,いわゆる親会社,子会社の関係ないしは同一の商品化事業を営むグループに属する関係などの密接な営業上の関係が存するものと誤信させる行為であり,不正競争防止法2条1項1号の「混同を生じさせる行為」に該当するものと認められる。」と判示して,誤認混同の可能性について肯定をして,結論として原告の請求を,ほぼ認容いたしました。

4.検討
 本事件では,原告と被告において,それぞれ実際に行っている業務が基本的に異なっているにもかかわらず,原告から被告に対する不正競争防止法に基づく商号の使用の差止等の請求が認められております。
 不正競争防止法違反をめぐる事件は,同一の業務を行っている企業間で,同一または類似の商品やサービスを提供している場合にしばしば生じますが,本事件のように異業種の企業間においても生ずることがあり得ます。
 この場合には,不正競争防止法違反を主張して請求を行うサイド(原告)が提供している商品またはサービスの商品表示または営業表示の周知性について,いわば業種の垣根を超えて主張するに足るだけの周知性を獲得していることの立証が要求されることになると考えられます。本事件は,まさにこの点が争われた事件であるといってよいものかと思われます。
 本事件の原告は,自動車タイヤのメーカーとしてよく知られたミシュランであったために,「ミシュラン」の表示について,上述した自動車用タイヤの製造,販売という特定の業種を超えた範囲での周知性が認められたものと考えられます。
 また,ミシュランが自動車タイヤの製造,販売以外に,レストランガイド,旅行用地図の発行等でよく知られていたことも,上記の認定には寄与していたものと考えられます。
 本事件で原告は,不正競争防止法2条1項1号(周知性)または2号(著名性)を選択的に主張しており,裁判所は前者の周知性を認定して原告の請求を認めておりますが,認定された周知性のその程度は,上述のとおりかなり高かったのではなかったかとも考えられます。
 いずれにしても,本判決は,いわゆる広義の混同を認めた判例中に一事例を加えたという点で,評価できるものと考えられます。


みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。