発明 Vol.95 1998-5
知的所有権判例ニュース
審決取消判決の拘束力

神谷 巖
1 事件の概要
 原告Xは,ある発明について特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,拒絶査定不服の審判を請求しました。ところが「本件審判の請求は成り立たない」との審決(以下第1回目の審決といいます)を受けたので,東京高等裁判所に審決取消請求訴訟を提起し,平成8年7月31日に第1回目の審決を取り消す旨の判決(以下第1回目の判決といいます)が言い渡され,特許庁が上告しなかったので,この第1回目の判決は確定しました。そこで特許庁審判官は改めて審理をやり直しましたが,やはり「本件審判の請求は成り立たない」との審決(以下第2回目の審決といいます)をしました。原告Xは,再度東京高等裁判所に審決取消請求訴訟を提起し,平成9年9月25日にまたまた審決を取り消す旨の判決(以下第2回目の判決といいます。この判決が,筆者が取り上げるものです)が言い渡されました。
 第1回目の審決の理由は,本願発明は引用例1記載の発明と引用例2記載の発明から,容易に推考できるというもので,これに対する第1回目の判決は,引用例1記載の発明と引用例2記載の発明からは,当業者が本願発明を容易に推考できたとはいえない,とするものでした。一方,第2回目の審決は,引用例2記載の発明と引用例1記載の発明から(同じ引用例を引いていることと,第1回目の審決とは,引用例の順序が異なる点に注意して下さい),本願発明が容易に推考できる,というものでした。
 原告Xが第2回目の審決取消請求訴訟で主張したことは,平成4年4月28日付の最高裁判所の判例により,特許庁は第1回目の判決に拘束されているのに,この拘束力に反する審決をした,という点と,本願発明に対する進歩性の判断を誤っている,という2つの点です。
 
2 裁判所の判断
 第1回目の判決は,引用例1記載の発明と引用例2記載の発明からは本願発明は容易に推考することはできないとして第1回目の審決を取り消し,この判決は確定した。そして第2回目の審決をする審判官には,第1回目の判決の拘束力がおよぶ結果,第1回目の審決におけると同一の引用例から,当業者が本願発明を容易に推考することができた,と判断することは許されない。この理は,第1回目の審決では,引用例1を主たる引用例とし,第2回目の審決では,第1回目の審決と異なって,引用例2を主たる引用例とする場合であっても,同じである。被告は,第2回目の審決は,どの引用例を主たる引用例とするかによって第1回目の審決と異なる認定判断をしているものであるから,第1回目の判決の拘束力を受けない旨判断するが,引用例Aと引用例Bの2つの引用例がある場合に,引用例Aを主たる引用例とするか,引用例Bを主たる引用例とするかは,ある発明が引用例Aおよび引用例Bとの関係で進歩性を有するか否かを判断するに際しての判断方法の違いに過ぎないから,第2回目の審決の上記の判断は採用できない。

3 検討
 審決取消請求訴訟は,特許庁という行政庁が下した,審決という一種の裁決を取り消すことを求める訴えの一種であり,行政事件訴訟法第3条第1項に規定する抗告訴訟の一種です。そして同法第33条第1項は,「処分又は裁決を取り消す判決は,その事件について,当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束する。」と規定しています。この規定の解釈については,幾つかの説がありますが,通説は,この規定は行政庁の処分行為の法適合性を司法裁判所での司法審査によって最終的に保障しようとするものだ,と理解しています。即ち,憲法第32条により,何人も裁判所において裁判を受ける権利が保障されており,行政手続きが違法である場合は,裁判所に訴訟を提起して,司法救済を得ることが保障されているのです。そしてこの行政処分に対する司法救済を制度的に保障したことを実効的にするために,この規定が設けられているのです。
 次に,行政事件訴訟法第33条第2項は,「申請を却下し若しくは棄却した処分又は審査請求を却下し若しくは棄却した裁決が判決により取り消されたときは,その処分又は裁決をした行政庁は,判決の趣旨に従い,改めて申請に対する処分又は審査請求に対する裁決をしなければならない。」と規定しています。この規定の解釈についても幾つかの説がありますが,多数説は,処分をした行政庁が,同じ過ちを反復するのを防止するために,主文の判断は勿論,主文と不可分な理由中の判断を含めて,行政庁を拘束するのである,と説いています。
 従って,本件では,第2回目の審理をした審判官は,第1回目の判決の趣旨,即ち,第1引用例記載の発明に第2引用例記載の発明を加えて見ても,本願発明を容易に推考することができない,とした判断に拘束されていたのです。
 しかし審判官は,どうしてもその判断が納得できなかったので,結果的に第1回目の審決と同じ趣旨の審決をしたものでしょう。が,そうではあっても,上記の取消判決の拘束力は,司法審査を保障した憲法,行政事件訴訟法の観点からは,仕方がないものなのです。おそらく審判官も,第2回目の判決によって,第2回目の審決が取り消されるのは,覚悟のことだったと思います。第l引用例を主として判断するか,第2引用例を主として判断するかは,裁判所が判示するとおり,単に判断の仕方の問題であり,いずれにしても,両引用例記載の発明を組み合わせれば本願発明が容易に推考できる,という判断は全く同一なのですから。
 なお念のため付け加えますと,第2回目の審決においては,審判官が別の拒絶理由を認めて(例えば第3の引用例記載の発明),不成立審決をなすことは,当然にできます。上記の行政事件訴訟法第33条第2項が,「判決の趣旨に従い」といっているのは,審決取消の判決の判断とは関係のない判断までも拘束するものではありません。本件においては,第1回目の判決は,第1引用例と第2引用例記載の発明から本願発明が容易に推考できるとした第1回目の審決が違法だと判示しただけであり,判決が言及していない第3の引用例記載の発明との関係では,拘束力が生じてはいないからです。ただしこの引用例3が新しいものである場合には,特許法第159条第2項,第50条の規定により,出願人に拒絶理由を通知して,意見書や手続補正書提出の機会を与えねばならないことは,いうまでもありません。


かみや いわお 1965年東京工業大学理工学部を卒業,67年同大学院修士課程を修了し,直ちにソニー株式会社に研究者として入社。78年同社を退職し,同年司法試験に合格する。81年弁護士登録をし,主に知的財産権関係の事件を扱う。