知的所有権判例ニュース |
共同審判請求人の一部の記載脱漏 |
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神谷 巖 |
1 事件の概要 |
原告X1とX2とは,昭和60年に「印字制御装置」と題する発明について,特許出願をしました。そして審査の結果,いったんは出願公告されたものの,特許異議の申立があり,結局拒絶査定がなされ,その謄本は平成8年4月18日に原告らに送達されました。原告ら代理人は,これを不服として平成8年5月15日に審判請求書を特許庁に提出しましたが,そこには請求人としてX1のみが記載されていました。そこで原告ら代理人は,同年6月5日付で,審判請求人をX1およびX2とする旨の手続補正書を提出しました。
特許庁は,同年11月5曰X1宛に,手続補正は許されないとして却下審決をしました。これに対してX1とX2とは,本件審決取消訴訟を提起し,次のように主張しました。 《1》 特許法第17条第1項は,補正の時期的要件として,「事件が特許庁に係属している場合に限り」としており,本件での手続補正は,その要件を満たしている。 《2》 請求人としてX1のみ記載したのは,単なる事務的手違いである。X1はX2の100%親会社であって,共同で審判を請求する意志を持っていたし,直ちに手続補正書を提出したのであるから,要旨を変更することにはならない。 《3》 工業所有権審判便覧によると,例えば,「イ代表者選定届を提出した上でその代表者だけを記載している場合,ロ代表者何某と記載している場合,ハ何某外何名と記載している場合,ニ共同出願人の全員が一人の代理人に審判の請求を委任していたにも拘わらず,代理人の過誤により審判請求人欄に一部のみしか記載しなかった場合,ホ相続その他の一般承継の事実を表示している場合」が挙げられており,これは限定列挙ではなく,同程度の過誤による補正は,平等原則から見て,要旨を変更しないものとして扱うべきである。 |
2 裁判所の判断 |
東京高等裁判所は,平成8年8月28日,原告の請求を棄却する旨の判決を下しました。そして,特許法第132条第3項の規定により,本件拒絶査定に対する審判請求は原告らが共同して行うことが必要であるが,上記手続補正書が提出されたのは審判請求期間経過後であるから,本件審判請求は不適法である,とした上で,原告らが主張する各項目に対して,次のように判示しました。
《1》 本件審決が,「本件審判請求期間を経過した後の手続であり,認められない」としたのは,本件手続補正書による審判請求人の表示の補正が,原告らが共同して本件拒絶査定に対する審判を請求するという趣旨のものであるところ,本件手続補正書が提出されたのは審判請求期間を経過した後であることから,特許法121条1項に抵触するというものであるとの判断を示したものであって,手続補正自体の時期的要件を問題にしているわけではない。 《2》 本件の審判請求書には,審判請求人として原告X1のみが記載され,原告X2も共同審判請求人であることを窺わせるような記載はなく,また本件審判請求人であることを推認させる書面も提出されていない。 《3》 原告らが具体例として取り上げる「ロ代表者何某と記載している場合」および「ハ何某外何名と記載している場合」は,いずれも「代表者」,「外何某」の記載があることによって,実質上共同審判の意志が表示補されていることが推認されることから,手続補正を認めたものであるが,本件はそのような場合ではない。 |
3 検討 |
論点ごとに見ていきます。
《1》 原告らの主張と本件判決の判示とは,若干食い違っており,理解しづらい感があります。おそらく判決がいいたかったのは,特許法第17条第1項は一般的規定であり,特許法第121条第1項の「その調定の謄本の送達があった日から30日以内に審判を請求することができる」という規定は特則であるから,特則が優先適用されるということなのでしょうか。 《2》 特許法第132条第3項が,拒絶査定不服の審判を請求する場合には,共同出願人が全員で共同して請求すべきものとしている現行法下において,審判請求人を後に追加することが要旨の変更に当たるか否かが問題となります。同項の規定の趣旨は,審判を請求する場合は,対世的効力を生ずる特許権の性質から考えて,その判断は出願人全員との関係で一律に決しなければならない,という趣旨に基づくものです。とすれば,審判請求人が誰であるかは審判請求の要旨であり,その補正は上記特許法第131条第2項の規定により,要旨変更として禁じられているものとすべきです。判例は分かれていましたが,近時はこの考え方で統一されていますし,特許庁の実務もこの考え方に従っています。本件では,審判請求期間内に提出された文書のどこを見ても,X2も審判請求人であることを窺わせるに足る記載はないのですから,この点の本判決は妥当であると言えます。 《3》 この点についても,原告の主張の仕方がやや不鮮明であったためか,判決は若干舌足らずでした。即ち,本件に似た事例として,東京高等裁判所昭和53年10月25日判決があります。この事件においては,X1とX2が実用新案登録出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,原告らの代理人が審判請求手続を行ったのですが,その際,審判請求人としてX2のみ記載しました。ただし登録出願をした際に提出したX*l*とX2作成の委任状には,拒絶査定不服の審判を含む一切の手続をする権限を与える旨の記載がありました。またこのような場合には,改めて委任状の提出を求めないという実務慣行がありました。そこで裁判所は,このような場合には,X2の名前は審判請求書には記載されていないものの,X2のためにも審判を請求する趣旨が読みとれる,として,特許庁に対して,補正をするよう命ずるべきであったと判示しました。筆者の調査によると,本件でも,委任状には同様の記載がありました。この点から見て,本件判決は若干厳しい判断だと言えます。 訴訟などにおいても,訴状に記載された原告や被告の記載の誤りであることが往々にしてあります。そのような場合に,裁判所は,訴状の当事者の欄の記載のみならず,その他の欄の記載なども考慮して,当事者を確定すべきである,と取り扱っています。上記の昭和53年の例はこれに倣ったものでしょう。 |