知的所有権判例ニュース |
実用品の設計図につき著作物性を否定した事例 |
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水谷直樹 |
1.事件の内容 |
原告今崎務氏は,(株)ダイチから,実用品であるスモーキングスタンド,ダストボックス,プラントボックスの設計の依頼を受け,これらの設計図を作成しました。
これに対して,被告(株)ぶんぶくが,原告の承諾を受けずに,上記スモーキングスタンド,ダストボックスの製造,販売を開始したため,原告は,被告に対して,被告のこれらの行為は,上記設計図に対する著作権ならびに所有権の侵害である等と主張して,平成5年に,被告製品の製造,販売の差止,損害賠償の支払を求めて,東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。 |
2.争点 |
本事件の争点のうちの主要なものは,以下の2点でした。
《1》上記設計図は著作物と言えるか。 《2》上記設計図の所有権侵害を主張して,上記請求をなし得るか。 |
3.裁判所の判断 |
東京地方裁判所は,平成9年4月25曰に判決を言い渡し,まず上記《1》の争点については,「本件設計図は,前記認定のとおり,ダイチがスモーキングスタンド,ダストボックス等の工業的に量産される商品を生産するため,ダイチの依頼に応じて制作されたものであり,製造を行うダイチの工場又は下請業者が,設計者である原告及び発注者であるダイチの意図したとおりに商品を製造することができるよう,具体的な什器の構造,デザインを細部にわたって通常の製図法によって表現したものである。工業製品の設計図は,そのための基本的訓練を受けた者であれば,だれでも理解できる共通のルールに従って表現されているのが通常であり,その表現方法そのものに独創性を見出す余地はなく,本件設計図もそのような通常の設計図であり,その表現方法に独創性,創作性は認められない。本件設計図から読みとることのできる什器の具体的デザインは,本件設計図との関係でいえば表現の対象である思想又はアイデアであり,その具体的デザインを設計図として通常の方法で表そうとすると,本件設計図上に現に表現されている直線,曲線等からなる図形,補助線,寸法,数値,材質等の注記と大同小異のものにならざるを得いのであって,本件設計図上に現に表現されている直線,曲線等からなる図形,補助線,寸法,数値,材質等の注記等は,表現の対象の思想である什器の具体的デザインと不可分のものである。本件設計図の右のような性質と,本件設計図に表現された什器の実物そのものは,デザイン思想を表現したものとはいえ,大量生産される実用品であって,著作物とはいえないことを考え合わせると,本件設計図を著作物と認めることはできない。」
と判示し,次に上記《2》の争点についても, 「原告とダイチのロイヤリティー契約書において,工業所有権及び著作権は原告に帰属し,原告がダイチに対し,期間を定めて複製権を認めること,設計図書の複製費は,試作品完成まで原告の負担とし,その他はダイチの負担とすること,ダイチは採用しなかった場合に設計図書を原告に返還すること等の条項があることが認められ,右事実に原告が甲第二号証ないし第二二号証を提出したことをあわせ考えれば,いわゆる原図やダイチに渡された複写物はともかく,少なくとも現に甲第二号証ないし甲第二二号証として提出された有体動産である本件設計図の所有権は,原告に帰属するものと推認される。 しかしながら,有体動産である本件設計図に対する所有権は,その有体物の排他的支配にとどまるものであり,仮に,被告が何らかの機会に本件設計図に接して本件設計図の表現を知り,本件設計図に表現されたところから認識できるデザインと同一又は酷似した商品を製造,販売したとしても,その行為は,本件設計図の所有権を侵害することにはならない。」 と判示して,結論としては原告の請求を棄却いたしました。 |
4.検討 | ||||
(1) 本判決は,設計図の著作物性につき,
もっとも,著作物とはいえない物品の設計図であっても,これを設計図として作成する際に,特別の表記法を用いること等により,設計図自体の表現方法に独創性があると認められる場合には,設計図に著作物性が認められる場合があり得るということになります。 しかしながら,標準化された表記方法により表現することにより,技術内容を第三者に対して,正確に伝達することを本来の役割とする設計図においては,上記の特別の表記法を採用すること等により,表現の創作性が認められる場合は,実際には,それ程多くはないようにも考えられます。 (2) 次に,設計図の所有権に基づいてなす上記請求の可否について検討するに,所有権が,設計図という有体物に対する排他的支配を,その本質的内容とするものである以上,この有体物に化体されている無体物である情報(設計図上に表現されているスモーキングスタンドの構造,技術仕様等の内容)を,この有体物を通じて把握したとしても,この無体の情報それ自体を有体物から独立して保護し得るのかについては,疑問であると言わざるを得ません。 本判決も,このような観点から,所有権に基づく保護を拒否したものであり,結果として妥当な判断であると考えられます。 ![]() |