知的所有権判例ニュース |
連載漫画と二次的著作物 |
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神谷 巖 |
1 事件の内容 |
事案が複雑なので,若干修正して紹介します。原告X1は,著名なポパイの漫画の著作者です。このポパイ漫画は,極めて人気が高く,昭和4年から今に至るまで,ずっと描き続けられています。その間に,描き手は順次代わりましたが,いずれもX1の従業員によるものであり,法人著作と認められています。X2はX1の許諾の下に,ポパイ漫画の商品化事業を行っています。即ち,本国アメリカは勿論,わが国を含む沢山の国で,1業種1社と定めて,ポパイの図柄を付けた商品の製造・販売を許諾し,対価としてロイヤルティを受け取っています。
Aはこのポパイ漫画の図柄と文字とからなる商標につき,旧第17類の被服などを指定商品として商標登録を得ました。Yはその商標権を譲り受けて,この商標を付けたネクタイなどを販売しました。これに対して,X1は著作権法に基づいて,X2は不正競争防止法に基づいて,差止めと損害賠償を請求して,東京地方裁判所に訴訟を提起しました。即ち,ポパイ漫画は継続して今に至るまで描かれているから,最初に公表されたものは既に著作権が期間満了により消滅しているが,後に描かれたものはその公表のときから著作権の保護期間が始まり,いまだ著作権が存続しているから,Yの行為は著作権侵害に当たり,かつ上記商品化事業は盛大に行われているからポパイ漫画は商品の表示として周知であり,被告の行為は不正競争防止法により禁じられる行為である,という主張をしたのです。なお,この訴訟の最中に,上記商品化事業者の一人が上記商標登録の無効審判を請求し,無効審決を得ました。そしてこの審決は,Yが審決取消訴訟を提起しなかったため,確定しました。 東京地方裁判所も,控訴審である東京高等裁判所も,X1とX2の主張を認め,著作権法および不正競争防止法に基づいて,差止めと一部の損害賠償の請求を認容しました。これに対してYは上告し,既に保護期間が満了したポパイ漫画は,公有に帰したものであり,新しく描かれたポパイ漫画の著作権の存続期間があるとしても,公有に帰したポパイ漫画にない部分にのみ著作権法による保護が認められるが,本件ではそのような新たな部分についての複製行為はない,と主張しました。また不正競争防止法に基づく請求に関しては,Yは商標権を有しているとして,旧不正競争防止法第6条の,工業所有権行使の抗弁を主張しました。 |
2 裁判所の判断 |
最高裁判所は,平成9年7月17日に判決を言い渡しました。そして不正競争防止法に基づく部分については,商標登録を無効とする審決が確定し,登録時に遡及して権利が消滅したので,旧法による工業所有権行使の抗弁は認められない,として上告を棄却しました。しかし著作権に基づく請求については,次のように述べて,原判決を破棄し,X1の請求を棄却しました。
連載漫画においては,後続の漫画は,先行する漫画と基本的な発想,設定のほか,主人公を始めとする主要な登場人物の容貌,性格等の特徴を同じくし,これに新たな筋書きを付するとともに,新たな登場人物を追加するなどして作成されるのが通常であって,このような場合には,後続の漫画は,先行する漫画を翻案したものということができるから,先行する漫画を原著作物とする二次的著作物と解される。そして,二次的著作物の著作権は,二次的著作物において新たに付与された創作的部分についてのみ生じ,原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じないと解するのが相当である。けだし,二次的著作物が原著作物から独立した別個の著作物として著作権法上の保護を受けるのは,原著作物に新たな創作的要素が付与されているためであって(著作権法2条1項11号参照),二次的著作物のうち原著作物と共通する部分は,何ら新たな創作的要素を含むものではなく,別個の著作物として保護すべき理由がないからである。 そうすると,著作権の保護期間は,各著作物ことにそれぞれ独立して進行するものではあるが,後続の漫画に登場する人物が,先行する漫画に登場する人物と同一と認められる限り,当該登場人物については,最初に掲載された漫画の著作権の保護期間によるべきものであって,その保護期間が満了して著作権が消滅した場合には,後続の漫画の著作権の保護期間がいまだ満了していないとしても,もはや著作権を主張することができないものといわざるを得ない。 本件図柄は,第1回作品において表現されているポパイの絵の特徴を全て具備するというに尽き,それ以外の創作的表現を何ら有しないものであって,仮に後続作品のうちいまだ著作権の保護期間の満了していないものがあるとしても,後続作品の著作権を侵害するものとは言えないから,被上告人X1は,もはや上告人Yの本件図柄の使用を差し止めることは許されないというべきである。 |
3 検討 |
通常著作権は,作者の死後50年間保護されますから,作者が沢山の著作をしたとしても,その著作権の保護期間の満了日は,各作品について一斉に来ることになります。しかしポパイ漫画の場合は,法人著作であったので,保護期間の満了日は各漫画について別々であります。そして先行する漫画の著作権が期間満了により消滅したのに,後続の漫画の著作権がいまだ残っているという,希有の事態が生じました。
実は,同様の問題は,既にアメリカで起こっていたのです。即ち,同国がベルヌ条約に加盟する以前においては,著作権の保護を受けるためには,著作権登録が必要でした。そして,連載漫画について,大部分については著作権登録を済ませたものの,一部については著作権登録を忘れる,などの理由により,その部分が公有に帰したことがあるのです。このような場合に,生きている著作権によってどこまで保護されるかが,過去に問題になっていました。そしてアメリカの判例は,公有になった部分にある特徴と同一でない特徴についてのみ,生きている部分の著作権が保護される,としていました。 最高裁判所の今回の判例は,その考え方を見習ったものと考えられます。しかしこれは,大問題を含んでいます。即ち,連載漫画の後続の部分は先行する部分の二次的著作物だ,と言い切った点です。二次的著作物とは,著作権法第2条第1項第11号で定義されているように,「著作物を翻訳し,編曲し,若しくは変形し,または脚色し,映画化し,その他翻案することにより創作した著作物」です。そして「翻案」とは,著作権資料協会編著作権事典改訂版によれば,ある著作物の筋立てや構想を変えずに,他の表現形式で新しい著作物を著作すること,です。漫画にしても小説にしても,連載物は,確かに登場人物の性格や容貌などが維持されたまま,作られます。しかし,各回ごとに筋立てや登場人物は変わります。後続の作品が先行する作品の表現形式を変えただけのものではないことは明らかです。本来本件は,不正競争防止法による請求が認められる事件でしたから,何も傍論として,以上のような問題があることは,言わない方が,良かったでしょう。 |