知的所有権判例ニュース |
代理人の行為と商標の使用 |
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神谷 巖 |
1 事件の内容 |
被告Yは,旧第16類の織物等を指定商品とするCosilan商標(以下本件商標といいます)の登録権利者です。原告Xは,この商標登録に対して,不使用取消審判を請求しましたが,Yは多くの取引書類等を提出して,法定期間内に使用したことを立証すべく,努力を払いました。結局法定期間内の使用事実が認められ,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決がなされたため,Xは審決取消請求訴訟を提起しました。
Yの主張は,次のようなものでした。即ち,毛織物生地などを原告Xが訴外ウールン商会に販売する際に,Xの代理人としてこの販売行為に関与しました。そしてYは,Xから受け取ったこれらの商品に本件商標と酷似する商標が付いていたので,そのまま(別個に自らの手で新たに本件商標を付することなく)訴外ウールン商会に納入してきました。 |
2 争点 |
本件には,証拠の信用性等,他の論点があるのですが,本題とは関係がありませんので,割愛します。ここで取り上げる問題は,上記のようなYの関与態様が,「商標の使用」と言えるか否かという点です。
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3 裁判所の判断 |
東京高等裁判所は,次のように述べて,Yが本件商標を使用したとは言えないとして,平成8年10月17日,審決を取り消す旨の判決を言い渡しました。
「原告製品の上記納入等において,被告が本件商標を使用したことを認めるべき証拠はない。 被告も自認するとおり,上記取引においては原告の商標がそのまま使用されたものであり,また,被告は,原告とウールン商会との取引において本件商標を使用すべき立場にはなく,その必要もなかったのであって,本件商標が原告の商標と殆ど同じであるからといって,原告の商標の使用が本件商標の使用に当たらないことは明らかである。」 |
4 検討 |
筆者は,この判決には幾つかの点で疑問を感じます。
(1)先ず,上記取引においては,使用されたのは原告Xの商標である(Yの商標ではないと),とする点です。しかし,例えば商標権者が自己の製品に登録商標を付し,これを小売店に販売し,その小売店が,商標権者の商標が付されたままで,消費者に販売した場合,この小売店は当該商標権を侵害するものではない,と理解されています。その説明として,用尽説や,黙示使用許諾説等が提唱されています。どの理論が妥当であるかは別として,ここでは,この小売店が登録商標を自ら使用するものであることを前提としています。商標法第2条第3項第2号も,「商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡・・・・・・する行為」として,譲渡行為自体が商標の使用に当たる旨を明確に規定しています。 従って,もし当初から原告製品に付されていた商標と本件商標とが同一性のある範囲内であれば,Y自身も本件商標を使用した,というべきではないかと考えられます。もしこの学説と異なる判断をするのであれば,それ相当の説明を判決文に記載することが必要ではないでしょうか。別に,判決は理論的妥当性まで説く必要はないのですが,やはり説明不足だと,(特に敗訴した)当事者の納得が得られず,徒らに上訴を誘発するからです。 (2)つぎに,Xが,自らのためにではなく,原告の代理人として,本件商標の使用に関与していた点は,どう考えるべきでしようか。一般的に,代理人が代理行為をする場合においては,代理人自体の行為があり,そしてその法的効果が本人に帰属するものであるという説と,代理人の行為自体委任者の行為であり,従って当然にその法的効果が委任者に及ぶのだという説とがあります。そして民法第99条第1項が,「代理人がその権限内において本人のためにすることを示して為したる意志表示は直接に本人に対してその効力を生ず」と規定されている関係上,前者の説が有力です。更に,通説は,代理人が代理行為に付随して不法行為を為したとしても,当然に本人に不法行為責任が生ずるものではない,と理解しています。これも,代理人の行為は,本来代理人自体の行為だという理解が前提としてあるのではないでしょうか。従って,本件では,Y自体の本件商標の使用があったものとみる余地が多いと考えます。 (3)更に本件判決では,Yは,Xから渡された原告商品をそのまま訴外ウールン商会に渡したのであって,商品が転々流通した訳ではないから,このような場合には商標を使用する必要はないし,商標の使用という事実も認められないとする説があります。例えば,東京高等裁判所平成元年11月7日判決(無体集第21巻第3号第832頁以下)は,特定の顧客にのみ納付する目的で製造された商品について,「これを買い受ける者とってその出所は明確であり,本件商標が本件おりがみに付されていることによってその出所を識別するものでもな」いと述べています。本件判決は,この立場を採るものでしょう。しかし本件の原告商品は,ウールン商会から第三者に転売されるものであり,最終的には消費者の下に渡ります。このように転々流通する有体物は,商品そのものと言えます。また商標を付さなくても出所が分かるという点についても,訴外ウールン商会にとって出所が明確であっても,商標は製造標であることもあり,販売標であることもあるのですから,流通過程でその商標が取り去られたとしても,やはり製造標として,出所表示機能を有しています。この判決の考え方は,疑問なしとしません。 (4)つぎに,もし原告Xが本件商標と同一性がある程度に似た商標を使用していたとすれば、この使用は当然に原告の(黙示的に許諾された)通常使用権の下に為されていた筈のものです。そして商標の不使用取消審判に勝つためには,商標権者が使用していてもよいのですが,通常使用権者が使用していてもよいのであって,何故この点が本件審判や訴訟の過程で問題とならなかったのか,若干疑問があります。勿論,商標権の侵害者がいたとしても,それは(黙示の)通常使用権者とは言えないでしょう。しかし本件においては,まさかXがYの商標権を侵害しつつ,本件商標に類似する商標を使用してきたとは,言わないでしょう。 |