発明 Vol.94 1997-4
知的所有権判例ニュース
顧客名簿につき営業秘密性およびその
不正所得使用が認められた事例
〔東京高等裁判所平成8年7月18日付判決〕
水谷直樹
1.事件の内容
 原告株式会社甲は,男性用かつらの販売を主要な業務としておりました。被告乙は,この原告会社の元従業員であり,原告退職後に,同様に男性用かつらの販売業を開始いたしました。
 原告は,被告が,原告退職の際に,原告の顧客名簿を無断でコピーをして持ち出し,これを使用して不法に営業活動を行っていると主張して,不正競争防止法に基づき,同営業行為の中止,損害賠償の支払いを求めて,平成6年に大阪地方裁判所に訴訟を提起いたしました。
 
2.争点
 本事件の主要な争点は,
《1》 原告の顧客名簿は,不正競争防止法が保護する営業秘密に該当するか
《2》 被告が原告の顧客名簿を使用して行う営業活動は,上記営業秘密の不正使用行為に該当するか
の2点でした。

3.裁判所の判断
 大阪地方裁判所は平成8年4月16日に判決を言い渡しましたが,まず上記《1》の争点について,
 「男性用かつらの販売業は,頭髪が薄くなった男性を対象とするものであり,自らがかつらを必要とすることは恥ずかしくて他人に知られたくないと考えるのが通常であるという性質上,例えば路上等公衆の面前で直接頭髪の薄い男性に声をかけて購入の勧誘をしたりすることは困難であり,また,理容店等からの紹介も必ずしも期待できない」「したがって,顧客獲得のためには,新聞,テレビ等を通じて効果的な宣伝広告を行い,これに接した顧客の方から自発的に申し込みをしてくるのを待つ以外にない」
 「原告顧客名簿も,原告において長年にわたり継続して多額の宣伝広告費用を支出してようやく獲得した顧客が多人数記載され,各顧客の頭髪の状況等も記載されているものであり,これらの顧客からは将来にわたって定期的な調髪等の外,かつらの買替えの需要も見込まれることに照らせば,原告顧客名簿は,原告が同業他社と競争していく上で,多大の財産的価値を有する有用な営業上の情報であることが明らかである。」「原告は,原告顧客名簿の表紙にマル秘の印を押捺し,これを原告心斎橋店のカウンター内側の顧客からは見えない場所に保管していたところ,右のような措置は,顧客名簿,それも前記のような男性用かつら販売業における顧客名簿というそれ自体の性質,及び証拠により認められる原告の事業規模,従業員数等に鑑み,原告顧客名簿に接する者に対しこれが営業秘密であると認識させるのに十分なものというべきであるから,原告顧客名簿は,秘密として管理されていたということができる。」「原告顧客名簿に記載された情報の性質,内容からして,原告以外の者に公然と知られていない情報であることは明らかである。」
と判示して,原告の顧客名簿の営業秘密性を肯定したうえで,更に上記《2》の争点に関しては,
 「被告は,原告代表者との口論により退職の意思を固めた後である8月13日から14日までの間に,原告に無断で,原告心斎橋店に保管されていた原告顧客名簿を同店から持ち出してコピーしたものと推認する外はなく,したがって,被告は営業秘密である原告顧客名簿を不正に取得したものというべきである。そして,被告は,右のように不正に取得した原告顧客名簿を使用して,そこに記載された原告の顧客に電話をかけ,これによって来店した客に対し理髪や男性用かつらの受注等の業務を行ったのであるから,被告の行為は,不正の手段により営業秘密を取得し,かつ,右不正取得行為により取得した営業秘密を使用した行為に該当する」
と判示して,被告による営業秘密の不正使用を肯定し,原告の請求を認容しました。

4.検討
 本事件は不正競争防止法が規定する営業秘密の保護の可否が問題になった事例です。
 営業秘密の保護の要件は,営業秘密であるか否かが問題となる情報等が,《1》秘密管理性,《2》非公知性,《3》有用性の3点を,いずれも充足していることでありますが(不正競争防止法2条4項),本判決は上記で引用したとおり,原告の顧客名簿について,上記《1》~《3》のいずれの要件の充足をも認め,営業秘密性を肯定いたしました。 結論として妥当な判断と考えられますが,このうち《1》の秘密管理性の要件の充足については,「男性用かつら販売業における顧客名簿というそれ自体の性質・・・・・・原告の事業規模,従業員数等に鑑み」と判示されているとおり,問題となる情報の内容や,より規模の大きい企業の場合には,もう少し厳格な秘密管理が要求される場合もあり得るように考えられます。
 次に,営業秘密の不正取得および利用の点についてでありますが,顧客名簿に営業秘密性が肯定される以上,これを無断でコピーすることが,上記不正取得に該当することは,当然であるものと考えられます。
 また,営業秘密の不正利用の有無の点についても,営業秘密の内容が顧客名簿である以上は,これを利用して営業活動を行うことが,営業秘密の不正使用にあたることは明らかと考えられます。


みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,l975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。