発明 Vol.94 1997-1
知的所有権判例ニュース
特許を受ける権利の移転

神谷 巖
1 事件の内容
 本件は,特許法などの実体法に関するものではなく,手続上面白い論点を含むものです。やはり知的所有権を扱う者としては,知っておいたほうがよいと考え,ここにご紹介します。
 原告は被告に金3000万円を貸し付け,その際に,被告が日本の特許庁に出願したある発明の,特許を受ける権利を担保に供することを約定しました。原告は,特許を受ける権利についての担保権は,日本法上は譲渡担保であるから,原告に移転すべきである,と主張して,特許を受ける権利の移転請求権を有することの確認を求め,裁判所に訴えを提起しました。
 被告はフランスに居住する外国人ですが,口頭弁論期日に出頭をせず,単に裁判長宛の英語の書面を送りつけました。東京地方裁判所(民事第29部)は,平成8年6月21日に欠席判決で,原告の請求を認めました。
 
2 裁判所の判断
 本件は,わが国の特許法に基づく特許を受ける権利に関する訴訟であるから,わが国の裁判管轄に服する。被告は適式な呼出しを受けながら,本件口頭弁論期日に出頭しないし,答弁書その他の準備書面も提出しないから,請求原因を明らかに争わないものと認め,これを自白したものとみなす。
 なお被告は,英語で記載した書面を提出しているが,日本の裁判所においては日本語を用いるべきであり(裁判所法74条),民事訴訟において外国語をもって作成した文書を提出する場合は訳文を添付することを要するから(民事訴訟法248条),その書面をもって答弁書その他の準備書面として扱うことはできない。

3 検討
 本件では,被告は口頭弁論に出廷もしないし,答弁書その他の準備書面も提出しないものとされたのですが,これは訴訟法上,仕方のないことです。従って,いわゆる擬制自白(同法140条)が成立し,被告は,何も争わなかったことになり,欠席判決で敗訴したのです。
 本件は外国人絡みの,いわゆる渉外事件ですが,まず日本の裁判所に裁判管轄権(裁判権)があるか否かが問題になります。わが国をはじめとして,事件とどのような関係があれば裁判管轄権があるかについては,特に定めのない国がほとんどです。従って,どの国の裁判所で審理を行うのが,事実の発見に役立つか,当事者特に被告の権利主張の機会を保護することができるか,迅速かつ経済的に紛争を解決できるか,などの各種の面から具体的に判断すべきである,というのが現在の大勢です。そして民事訴訟法には,同じような見地から,日本国内での各地方の裁判所の事件配分に関する管轄規定(1条ないし34条)があります。これを,渉外事件であることを考慮に入れながら,修正して裁判権の有無を定めるべきだと,言われています。そして,ある財産権が日本国内にあり,その財産権に関する訴訟であれば,同法8条の「財産所在地の裁判籍」の規定に準じて,その所在国で行うのが,最も訴訟経済に適うと考えられています。本件では,このような配慮から,裁判管轄権を認め,かつ特許庁に対する手続に関する権利であることから,東京地方裁判所に管轄ありとしたものでしょう。
 本件は,いわゆる確認訴訟です。訴訟には,給付訴訟,形成訴訟,確認訴訟の3種類があります。「被告は原告に金何万円支払え」というような給付を求める訴訟が給付訴訟,「原告と被告とを離婚する」というような新たな法律関係の形成を求める訴訟が形成訴訟,本件のような法律関係の確認を求める訴訟が確認訴訟です。なかでも最後の確認訴訟は,どのような法律関係についてでも考え得る訴訟ですが,逆に言えば,その訴訟によって紛争が効率的に解決できるものでなくては,時間と労力をかける意味(確認の利益と呼ばれます)がありません。そして給付訴訟が可能である時には,そのほうが抜本的に紛争を解決できるので,確認の利益はない,と言われています。ところで本件のように,特許権の移転を要求するというのではなく,特許を受ける権利の移転に関する訴訟では,どのような判決をもらえばよいのでしょうか。これは特許庁の手続の処理方法により,決まってきます。即ち,特許権の移転登録の場合は,通常譲渡証書と譲渡人及び譲渡人の委任状を提出して申請を行います。譲渡人がこの手続に協力してくれない場合には,「被告は,・・・・・・の移転登録手続をせよ」という給付判決をもらい,譲受人の委任状と共に特許庁に申請します。しかし出願中の場合は,登録申請ではなく,届け出をする(特 許法34条4項)のですが,その方法は,譲渡証書と,譲受人の委任状を添えて,届書を特許庁に提出します。従って,必要なのは,譲渡人から譲受人に権利が移転したことの証明証書であり,譲渡人の登録手続への協力は必要ではありません。従って本件のように,権利の移転請求権があることを確認する判決があれば足りるということになるのです。
 本件では,特許を受ける権利について担保を設定する方式は,譲渡担保である,としました。この譲渡担保とは,例えば金融を受ける際に,不動産の所有権を借り主から貸し主に移転し,借金の弁済が終わった時点で,その不動産の所有権を元に戻す方法です。民法に規定がある担保権設定方式ではないのですが,世上広く行われ,判例もこれを認めて育った方法です。特許を受ける権利は,不動産ではないため抵当権という方法は採れませんし,質権設定は法によって禁じられている(同法33条2項)ので,譲渡担保くらいしかありません。他に買い戻し特約付きの財産権譲渡という方法もありますが,譲渡担保とほとんど同じなので,特に別に論ずる必要はありません。
 本件は,東京地方裁判所の民事第29部即ち知的財産権部が審理しました。特に発明の内容の理解を要するといった,いわゆる侵害訴訟ではないのですが,特許庁の手続の方法が分からないと判断できないケースでしたので,専門部である29部に配点したのでしょう。


かみや いわお 1965年東京工業大学理工学部を卒業,67年同大学院修士課程を終了し,直ちにソニー株式会社に研究者として入社。78年同社を退職し,同年司法試験に合格する。81年弁護士登録をし,主に知的財産権関係の事件を扱う。