知的所有権判例ニュース |
“ASAHI”と“ASAX”を 非類似と認定した事例 |
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水谷直樹 |
1.事件の内容 |
原告アサヒビール(株)はビール等の食品の製造,販売,被告アサックス(株)は米殻,雑穀の販売を,それぞれ主要な業務としておりました。
原告は,後記表示の登録商標を,指定商品旧第28類−酒類,同29類−清涼飲料等,同32類−食肉,卵等,同33類−穀物,豆等につき,各有しておりました。 被告は,後記表示の標章を,その営業活動に使用しておりました。 原告は,被告の同標章は,原告の後記登録商標に類似しており,かつ被告は,被告の後記標章を,原告の登録商標の指定商品に付して使用し,または使用するおそれがあると主張して,同標章の使用の差止めを求めて,平成4年に,東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました(原告は,ここで紹介する請求以外の請求をも行っておりましたが,ここではスペースの関係で省略させて頂きます)。 |
2.争点 |
本事件での争点は,文字どおり,原告の登録商標と被告の標章が類似しているか否かとの点でした。
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3.裁判所の判断 | |||
東京地方裁判所は,平成6年3月28日に判決を言い渡し,上記争点につき,
「(1)原告標章からは「あさひ」の称呼を生じ,これに対し,被告標章からは,「あさっくす」の称呼を生じる。 右のとおり,両者の称呼は前半の「あさ」の部分においては共通であるけれども,「あさひ」は三音節,「あさっくす」は五音節(促音を一音節と数えて)からなる短い称呼の中で,後半の「ひ」の部分と「っくす」の部分において異なり,しかも,被告標章の後半の「っくす」の部分は促音を含み強い印象を与えるから,全体としては両者の称呼は異なる印象を与えるものと認められる。原告標章から生ずる称呼と被告標章から生ずる称呼が類似するものとは認められない。 (2)原告標章からは「朝日」,「旭」等の観念を生じるのに対して,被告標章は造語と認められ,特段の観念を生じない。したがって,両者の観念が類似するものとは認められない。 (3)前記(1),(2)に認定した原告標章及び被告標章の構成の外観を対比すると,最初の三文字の「Asa」までの部分は,各文字の形態,配置が極めて類似している。詳細にみれば,被告標章においては各文字の周囲に細線による縁取りがあるのに,原告標章にはない点は異なるが,右縁取りの印象は弱く,この点の差異によって右各文字の類似性を否定することはできない。 しかし,原告標章の四文字目,五文字目の「hi」の部分と被告標章の四文字目の「X」の部分は,文字が二文字か一文字か,文字が小さいか大きいかという違いがある上,原告標章の右部分は太い三本の縦方向の平行線と菱形をした点が目立つのに対し,被告標章の右部分は,左上から右下への太い斜線と,右上から左下への細い斜線の交差が目立ち,その印象は大きく異なり,その結果,原告標章全体の外観と被告標章全体の外観は,最初の三文字の類似性を考慮しても,類似しているとはいえない。 (4)以上のとおり,原告標章と被告標章とは,称呼,観念及び外観のいずれにおいても類似するものではないから,原告標章と被告標章とは類似しているとはいえない。」 と判示して原告の請求を棄却いたしました。 これに対して,原告は東京高等裁判所に控訴いたしましたが,東京高等裁判所は平成8年1月25日に判決を言い渡し,原告商標と被告標章の類否については,第1審判決とほぼ同様な判断を示したうえで,更に,控訴人(原告)の控訴審での,原告のデザイン化された文字は著作物に該当するから,被告の行為は著作権侵害にもあたるとの新たな主張に対しては,「ところで,右ロゴマークは,欧文字「Asahi」について,「A」,「a」,「h」,「i」の各文字における垂直の縦線を太い線で表し,その上下の辺を右上がり四四度の傾斜とし,「A」,「s」,「a」,「h」の各文字における傾斜線を細い線で表し,その傾斜を右上がり四四度とし,「A」,「s」の各文字の細い傾斜の先端にあるはねを三角形状となし,その右上がり傾斜辺を四四度とするといったデザインを施した点に特徴があり・・・・・・また「A」の書体は他の文字に比べてデザイン的な工夫が凝らされたものとは認められるが,右程度のデザイン的要素の付加によって美的創作性を感得することはできず,右ロゴマークを著作物と認めることはできない。」と判断して,結論として原告の控訴を棄却いたしました。
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4.検討 |
本事例は,デザイン化された文字商標「ASAHI」と同標章「ASAX」の類否が問題となった事例です。
原告の登録商標は,いわゆる著名商標と呼んで差し支えない商標であり,また,原告商標と被告商標の文字デザイン化の手法は,ほぼ同様のものと考えられます。 しかし,判決は,第一審,第二審ともに両者の類似性を否定して,原告の請求を斥けました。 その結論に至る過程は,いずれも外観,称呼,観念の類否を個別に判断し,いずれにおいても,類似性を否定するというものであり,その手法は,いずれもオーソドックなものであり,結論も相当であると考えられます。 強いて述べれば,両者の類否判断上,最も問題となるのは,外観の類否の点かと思われますが,両判決ともに,原告商標中の「hi」の部分と被告の標章中の「X」の部分の相違を捉えて,両者は,相互に識別力ありと判断しております。 原告としては,可能であるのならば,原告商標と被告標章間の現実の混同事例を明らかにする等して,需要者が両者を類似のものと評価している等の点を,より明確にすることが望ましかったのではないかとも考えられます。 |