発明 Vol.93 1996-4
知的所有権判例ニュース
製品上に使用する単一の色彩に不正競争防
止法所定の出所表示性を認めなかった事例
水谷 直樹

1.事件の内容
 原告三洋電機(株)は,昭和59年以来,主に単身者用として,いずれも濃紺色に統一したコーヒーメーカー,ドライヤ,電気ジャーポット等を「It’s」シリーズの名称で製造,販売してきました。
 被告ツインバード工業(株)は,平成6年に,同様の色調の同様の製品を「mi」シリーズの名称で製造販売を開始しました。
 そこで,原告は,原告の単身者用の家電製品の濃紺色は,昭和59年以来販売を継続したことによって,原告製品の出所を示すものとして出所表示機能を獲得したとして,不正競争防止法違反を主張して,平成6年,被告に対して,被告製品の製造販売の差止めおよび損害賠償を求めて,大阪地方裁判所に訴訟を提起しました。
 
2.争点
 上記事件の争点は,複数に及びますが,裁判所が判断したのは,以下の争点のみでした。
 原告が主張する原告製品の特徴(濃紺色を使用していること)は,原告製品であることを示す出所表示機能を獲得したか。

3.裁判所の判断
 大阪地方裁判所は,平成7年5月30日に判決を言い渡し,上記争点について,
 「特定の色彩が特定の者の商品と極めて密接に結合し,その色の商品を見たりあるいはその色である旨の表示を耳にすれば,それだけで誰でも直ちに特定の者の商品であると判断するというように出所表示機能を取得するに至ることは,極めてまれではあろうが,全く想定し得ないわけでない。しかしながら,色彩は,古来存在するものであって,本来何人も自由に使用し得るものであり,原告が原告製品に濃紺色を長年にわたり使用してきたとしても,濃紺色というようなおおまかな枠で包括した色彩,しかも,仮に従来家電製品ではほとんど用いられなかったとしても,極くありふれ親しまれてきた色彩について,原告にその独占的使用を認めるとすると,他の者は自らの商品に付する色彩の選択肢の範囲を狭められ,極端に言えば最後発の業者は商品に付する色彩がなくなってしまうというような事態にもなりかねないから,複数の色の組合せとは異なり,そのような単一色の独占的使用を認めるのは,業界における競争を不当に阻害することになると言わざるを得ない。したがって,仮に原告製品に施された濃紺色が原告の商品であることを示す出所表示機能を取得しているとしても,複数の色の組合せの場合と異なり,不正競争防止法2条1項1号による保護を与えられないと言うべきである。」
 「原告製品の形態及び色彩は昭和59年の発売以来現在まで相当程度変更を重ねてきており,現在の原告製品の形態及び色彩により一貫して販売されてきたというものではないこと,現在の原告製品に限っても,必ずしも製品全体が濃紺色一色に彩色されているわけではなく,目立つ部分に黒色が使用されていること,原告が製造販売している家電製品の中には,原告製品(単身者用の『It’s』シリーズ・解説者注)に属しないにもかかわらず濃紺色を施した製品が多数存在すること,マイコン式ジャー炊飯器4合炊き,ジャー炊飯器3合炊き,コーヒーメーカー,オーブンレンジ,オーブントースター,蛍光灯スタンド,冷蔵庫については,原告製品に属する製品と同じ機種でありながら,濃紺色以外の色彩が施されている製品が存在すること,最初に単身者を販売対象として発売された製品である株式会社東芝のクックコンポシリーズは,原告製品の濃紺色に近いブルーに彩色されていたのであり,現在では我が国の大手家電メーカーの多くが自社製品の一部に原告製品の濃紺色に近い色彩を採用していること,そして,何よりも,消費者は,その色彩のみに着目して家電製品を選択して購入するとは到底考えられず,製品の機能性,安全性,堅牢性の外,どのメーカーの製品であるかを確認したうえで製品を選択し購入するものと考えられることに照らすと,原告製品が濃紺色の単身者用家電製品であるという点が,『SANYO』及び『it’s』の表示と独立して直ちに原告の製品であるとの出所表示機能を取得するに至っているとは認められず,原告製品は『SANYO』の『It’s』シリーズの製品,あるいは単に『it’s』シリーズの製品ということで他社の製品と識別されているものと解される。」
と判示して,原告の請求を棄却しました。

4.検討
 製品に使用されている色彩が,製品の具体的な形状を離れて,それのみで製品の出所表示性を獲得できるのか否かについては,これまでもたびたび検討されてきました。
 大阪地方裁判所は,トロピカルライン事件の判決で,マリンスポーツの際に着用するウエットスーツに配される,複数の配色の組合せのラインについて,「このように商品と特定の色彩・配色との組合わせが特定人の商品であることを識別させるに到った場合には,右商品と色彩・色彩の配色との組合わせも又,商品の形態と同様,不正競争防止法1条1項1号(旧法一・筆者注)にいう『他人ノ商品タルコトヲ示ス表示』たり得るものといわなければならない」と判示しております(昭和58年12月23日)。
 上記事件では,複数の色彩の組合せが出所表示性を獲得したか否かが問題となっておりましたが,本事件は,前記のとおり,濃紺色という単一色について出所表示性の獲得を主張していた点で相違しております。
 複数の色彩の組合わせの場合に比べて,単一の色彩の場合のほうが,出所表示性が認められる可能性が低いことは,一般論としても予想されますが,本判決は,この単一色について,独占的使用の弊害を理由として,不正競争防止法2条1項1号による保護,困難である旨を判示しております。
 なお,本事件では,判決引用部分中の事実認定を前提とすると,原告主張の色彩について出所表示性を認めなかったことは,上記判示中での一般論としての議論とは別の観点からみてもやむを得なかったのではないかとも考えられます。

みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。