発明 Vol.93 1996-3
知的所有権判例ニュース
実用新案権の侵害を理由とする損害賠償ないし不
当利得返還請求の訴えが,一部請求の名のもとに
いたずらに同一訴訟を蒸し返すものであり,訴権の
濫用にあたるとして,訴えを却下した東京地裁判決
生田哲郎/名越秀夫

1.事件の内容
 「カッター装置付きテープホルダー」の考案につき実用新案権(昭和56年6月13日存続期間満了)を有していたX(個人)が,Y会社が製造販売したイ号ないしハ号製品が本件実用新案権を侵害すると主張して,主位的に不法行為による損害賠償,予備的に不当利得返還請求として実施料相当額の支払いを求め,平成7年に東京地裁に提訴いたしました。
 本件で特殊なのは,本件訴訟を提起前に昭和47年3月から同52年12月までに製造販売されたイ号およびロ号製品並びに昭和47年2月から同53年7月の間に製造販売されたハ号製品が自己の実用新案権を侵害したとして金銭請求を内金請求あるいは一定の台数分についての一部請求に細分化して過去17年間にわたリ14回にわたる請求を繰り返してきたが,これら訴訟では既判力を理由とする請求棄却判決が1件あったほかは実用新案権を侵害しないとする請求棄却の判決がすべて確定している(これらは別表(甲)事件として判決の別紙にリストされる)。
 本件訴訟においても,イ号およびロ号製品並びにハ号製品について,上記と同一の製造販売期間を限定し,しかもその間に製造販売された何万台もの製品の中から,当初製造販売された一定台数を除いたその後のたったの各5台を実施料相当額の計算の対象物件としておりました。
 また,Xは本件訴訟の提起とほぼ同時に,本件とは製造販売期間が別である昭和53年1月から同56年6月13日の間に製造販売されたイ号およびロ号製品並びに昭和53年8月15日から同56年6月13日の間に製造販売されたハ号製品について,本件と同様各5台を対象物件とする実用新案権侵害を理由とする実施料の支払いを求めており,しかも,この別件訴訟の対象とした期間と同一の製造販売期間の製造販売分に関しても一定の台数分についての一部請求を細分化して過去10年間にわたり12回にわたり訴訟の提起を繰り返し,これらの訴訟でも消滅時効を理由とする請求棄却判決が1件あったほかは,非侵害の棄却判決がすべて確定していた(これらは別表(乙)事件として判決の別紙にリストされる)。
 なお,一部請求とは,原告が敗訴のおそれや訴訟費用の負担を考慮して,数量的に可分な債権の一部のみを請求することを指し,一部請求であることを明示した場合には,当該判決の既判力が残部の請求に及ばないとするのが従来の判例であり,本判決においても是認されています。
 
2.争点
 実用新案権侵害に関して裁判を受ける権利は憲法上保護された重要な人権であるとしても,これまで繰り返しその請求に理由がないとする裁判所の確定した判断を受けながら,一部請求という制度を利用していたずらに同一の訴訟を蒸し返すような場合にまで,裁判を受ける権利が保障されるとして本案について審理すべきなのか,あるいは,訴権の濫用として不適法却下となるかが,本事件では最大の争点となりました。

3.裁判所の判断
 東京地方裁判所は平成7年7月14日付で,上記争点について,本件訴えは訴権濫用にあたるとして,以下の如く却下判決を言い渡しました。
 「しかしながら,私人間の紛争の解決を裁判所に求める国民の権能(訴権)が,裁判を受ける権利として憲法上保障されたものであるとはいっても,その濫用的行使まで許されるものではないことは明らかであり,諸般の事情から一部請求後の残額請求が訴権の濫用と認められる場合には,もはや訴えの利益を欠き,訴えは不適法なものとして却下されるべきである。
 二 本件における原告の請求は,第二,一のとおりであるが,原告は,前記第二,二4及び6のとおり,本件と同じく被告製品がいずれも本件実用新案権を侵害するとして,過去17年余りの間に,対象とする被告製品の製造販売の期間が本件訴訟と同じものだけで別表(甲)のとおり14回,その他に,被告製品の製造販売期間が本件と連続する別の期間であるものについて別表(乙)のとおり12回と,合計26回にわたり被告に対し訴えを提起しており,別表(甲)中2事件の判決が前訴である別表(甲)1事件の既判力を理由とし,別表(乙)中1事件の一審判決が消滅時効を理由として請求を棄却した外,その余の事件では,いずれも被告製品は本件実用新案権を侵害しないという理由で原告の請求は棄却されている。しかも,別表(甲)中1事件が損害金総額の内金請求であった外,その余の同表記載の事件及び本件訴訟は,イ号及びロ号製品については各7万1200台,ハ号製品については6万4800台が各期間内に製造販売されたとしながら,使用料相当額算定の対象物件をそのうちの5台分ないし500台分と極めて細分化して一部請求を繰り返しているもので,右製造販売期間に連続する別の期間の被告製造販売についても,別表(乙)のとおり細分化した一部請求訴訟を繰り返して提起してきた。さらに,本件実用新案権は昭和56年6月13日限り存続期間が満了し,原告が主張する被告の製造販売期間の終期からはすでに16年以上が経過している。
 右認定事件に鑑みると,本件訴えは一部請求の名のもとにいたずらに別表(甲)及び別表(乙)記載の各訴訟と同一の訴訟を蒸し返すものであり,これまで繰り返し理由がないとする裁判所の確定した判断を受けている請求と実質的に同じ請求をするものであって,被告の地位を不当に長く不安定な状態におき,ことさらに被告に応訴のための負担を強いることを意に介さず,民事訴訟制度を悪用したものであるとの評価は免れない。
 三 したがって,本件訴えは,訴権の濫用にあたるものであって,訴えの利益を欠き不適法であり,しかもその点を補正することができないものであるといわざるを得ない。
 四 よって,原告の本件訴えは不適法であるからこれを却下する。」

4.検討
 裁判を受ける権利は国民の重要な人権であるので,訴えの提起自体が訴権の濫用とされたケースは珍しい。ことに本件では技術関係訴訟である実用新案権侵害訴訟であっただけに,なお珍しいので,ここに紹介する次第である。

いくた てつお 1972年,東京工業大学大学院修士課程修了,メーカー勤務の後,82年弁護士,弁理士登録をし,知的財産権法務,国際関係法務分野の法律実務を主に扱う。
なこし ひでお 1979年,早稲田大学法学部卒業後,1983年,弁護士,弁理士登録をし,知的財産権法務,企業法務,リスク管理の法律実務を主に扱う。