発明 Vol.93 1996-1
知的所有権判例ニュース
商標権の更新登録の手続補正書に対する不受理処分
が,取消訴訟により取り消された後,特許庁がその更新
登録の審決を6年以上放置したことが,違法で国家賠償
の対象とされるとした大阪地裁判決
名越秀夫/生田哲郎

1.事件の内容
 本件では,まず,特許庁長官が,商標権の更新登録の手続補正書を不受理とする処分をしたことに対し,申請人が取消訴訟を提起し,その不受理処分を取り消す旨の判決が確定しました。そこで特許庁は,その商標権の更新の登録をすべきかどうかの審決をすみやかに行うべきであったのに,その取消判決の確定後6年以上,その商標権の存続期間の満了から9年以上も審決をせずに放置しました。それが,不作為の違法として国家賠償の対象となるとされた判決です。この事案に関する手続きの概要は以下のとおりでした。
 手続き(当)=当事者,(特)=特許庁,(裁)=裁判所
昭和59.3.12(当)商標権更新登録出願
59.4.17(特)審査官による拒絶理由通知
59.7.24(当)手続補正書提出
59.8.31(特)特許庁長官による前記手続補正書の不受理処分
59.10.18(当)前記不受理処分に対する異議申し立て
59.11.20(特)審査官による商標権更新登録出願の拒絶査定
60.1.21(当)前記拒絶査定に対する審判請求
60.11.19(特)特許庁長官による異議申し立て却下の決定
60.12.18(当)不受理処分の取り消し訴訟の提起
62.4.27(裁)不受理処分を取り消す旨の判決
62.5.27(当)前記判決の内容を商標権者が特許庁長官宛に通知(その後2回の再審査の督促の上申書提出)
平成5.7.12(当)登録査定をしないことの不作為の違法確認訴訟提起
5.8.9(特)審判担当審判官の氏名を申立人に通知
5.8.18(特)更新登録をすべき旨の審決
5.10.8(当)不作為の違法確認訴訟を取り下げ
5.11.29(特)更新登録
5.12.25(当)不作為の違法行為による損害賠償の請求訴訟の提起
 
2.争点
 本件の争点は,以下の2点です。
(1) 商標権の更新の登録をすべきかどうかの審決を長期間放置したことが,違法な公権力の行使といえるか。
(2) 前記の違法な公権力の行使と原告の損害との間の因果関係及び損害金額。

3.裁判所の判断
(1)本判例は,特許庁が,その商標権の更新の登録をすべきかどうかの審決を長期放置したことが,違法な公権力の行使といえるとしました。そしてまず一般論として以下のように述べました。
 A違法判断の対象となる行為
 審査手続きの進行中に提出された手続補正書を特許庁長官が不受理とした処分に対し,異議申立があったり,取消訴訟が提起された場合でも,それらが審査手続きの続行,処分の執行を妨げるわけではないこと,その不受理処分が取消訴訟で取り消された場合でも,本件拒絶査定の効力が当然に無効となるわけではないこと,さらに,審判において事件を審査に差し戻すかどうかは,審判官の裁量であることなどからいって,本件を審査によらず,審判手続きで審理したこと自体が違法であるとまではいえない。本件では,その審判を担当した審判官が,審決を長期放置したという不作為が違法な公権力の行使といえるかどうかが問題となる。
 B審判手続き懈怠における違法判断の基準
 更新登録出願の審判については,商標権の更新期間が10年単位とされた趣旨や,更新登録のための出願期間が短く限定されている趣旨などからして,審判官は,できる限り早期に審判する作為義務がある。しかし他方,審判は事案が複雑であったり,慎重な審理が望まれること等からいって,審判の期間に関する審判官の裁量範囲も相当広いと解される。従って,審判官が前記作為義務に違反したというためには,審決に要した時間,執務体制,事件の難易,当該事件の特殊事情等を総合的に考慮して,その裁量範囲を勘案しても,なおその放置が不当であるといえる場合でなければならない。
(2)次に,判決は,本件の審判手続きにおいて,審判官の裁量範囲を勘案しても,なおその放置が不当であり,違法な公権力の行使といえるかどうかについて次のように判断しています。
 A本件審判のための相当な期間
 本件審決は,本件商標権の存続期間の満了から約9年,本件審判請求から約8年半,手続補正書の不受理処分を取り消す旨の判決から6年余りを経過している。他方,本件審判当時における特許庁の商標に関する審判事件の平均処理期間は,昭和60年で8年強,昭和61年で8年4月,昭和62年で5年7月であった。しかし更新登録の審査手続きにおいて,適正な願書と使用証明が提出されている場合には,更新登録出願から3月ないし6月で終了しているものもあり,結局,更新登録は,通常遅くとも出願から1,2年の間には終了していると推認される。
 B本件審判の事情
 従来,特許庁は,使用説明書の補正は,明確な誤記の訂正以外には認めず,使用説明の内容を実質的に変更する補正は認められないという立場をとってきた。そして本件登録更新申請に対する拒絶査定も,手続補正書を不受理とし,それを判断材料としないで判断したものであった。しかるに,その不受理処分を取り消す旨の判決が確定したので,その拒絶査定も手続き面で違法たるを免れなくなった。前記(1)のAのとおり,本件更新手続きを審判手続きで審理したこと自体をもって違法とはいえないまでも,その審判は,むしろ通常の審査手続きに準じた期間での処理が求められるといわなければならない。特許庁がこれを行わなかったのは,同庁の従来の取り扱いを改める必要がないようにするべく腐心していたからである。他方,その遅延について原告にはなんら落ち度がなく,かえって特許庁に,不受理処分を取り消す旨の判決が確定した旨を通知し,かつ審判の進行及び結果について回答するように求めていたにもかかわらず,審判官は何の応答もしなかった。このような事情においては,審判の運営について,前記の審判官の広範な裁量範囲を考慮しても,なお合理的な理由がなく,不当に審判をしなかったと考えられ,過失に基づく作為義務違反の違法があったというべきである。 (3)さらに判決は,前記の違法な公権力の行使と原告の損害との間の因果関係と原告の損害金額について,次のように認定しています。
 原告は,本件更新登録出願に対する審理が遅延したことによって,特許庁長官を相手に登録査定をしないことの違法確認訴訟を提起せざるを得なくなり,それら及び今回の損害賠償訴訟について,弁護士費用及び裁判費用等の損害が生じたといえる。

4 考察
 本件は,本来審査で行われることも可能であった更新登録手続きに関する審判というやや特殊な事例ながら,特許庁の審判に関する遅滞の違法性について,踏み込んだ判断をしており,行政官庁にとっても,権利者側にとっても重要な判例といえます。

なこし ひでお 1979年,早稲田大学法学部卒業後,1983年.弁護士,弁理士登録をし,知的財産権法務,企業法務,リスク管理の法律実務を主に扱う。
いくた てつお 1972年,東京工業大学大学院修士課程修了,メーカー勤務の後,82年弁護士,弁理士登録をし,知的財産権法務,国際関係法務分野の法律実務を主に扱う。