発明 Vol.92 1995-12
知的所有権判例ニュース
コンピュータプログラムの
改変の有無が争われた事例
水谷直樹

1.事件の内容
 原告(株)光栄は,コンピュータ用シミュレーションゲーム「三国志III」を製造,販売しております。
 同ゲームは,中国の古典「三国志演義」に依拠しており,ゲーム中の登場人物として,ゲーム中に設定されている既存武将以外に,ユーザーが独自に68人の新武将等を設定できることとなっており,その際の新武将等の能力設定値は1〜100の範囲に収まるように設定されています。
 (株)技術評論社は,「三国志非公式ガイドブック」との書籍を発行しましたが,同書籍にはプログラムを収納したフロッピーディスクが添付されており,同プログラムを使用した場合には,原告の前記ゲーム中の新武将等の能力設定値の範囲を100以上にすることも可能でありました。
 そこで,原告は,被告に対し,被告の上記プログラムは,原告の著作物であるゲームのプログラムの同一性保持権を侵害するとして,被告プログラムの製造,販売の差止めを求めて,平成5年に,東京地方裁判所に訴訟を提起しました。
 
2.上記事件での争点は,以下の3点でした
 《1》被告プログラムは原告著作物を改変するものといえるのか
 《2》本件に対して,著作権法20条2項3,4号の適用が可能か
 《3》侵害が成立するとした場合に,侵害行為の主体は誰か

3.裁判所の判断
 東京地方裁判所は,平成7年7月14日に判決を言い渡し,判決中で上記《1》の争点について,「以上の事実を前提に改変行為の有無を検討するに,本件において原告は,被告プログラムがフロッピーディスク上の「NBDATA」に100を超える能力値を与えて「三国志III」をプレイするときに原告が予定した範囲外の展開となるところから,「NBDATA」に100を超える能力値を書き込むことをもって改変行為と主張する。
 他方,被告プログラムを使用して,ユーザーが新武将等を登録し100を超える能力値を設定しても,それによって,本件著作物に含まれるプログラム(メインプログラム,データ登録用プログラムおよびチェックルーティンプログラム)が改変されるものでないことは前記のとおり争いがなく,「NBDATA」そのもののデータは,前記のとおりユーザーにより書き換えが予定されているものであり,原告の「NBDATA」ファイルに100を超える能力値を書き込むことを「NBDATA」ファイルの改変として同一性保持権の侵害を主張するものでない。
 被告プログラムにより,チェックルーティンプログラムの規則外の能力値が設定されれば,原告が本件著作物を作成したときに設定した能力値の意味が変わり,ゲーム展開やストーリーが原告の当初予定した範囲を超える場合があることは当然予想されるところである。また,能力値自体は,それがゲームの進行において,原告が予定した範囲を超えてその展開を変えるものとしての意味を有していても,データであると考えられる。
 ところで,著作権法においては「プログラムの著作物」とは「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう」(同法2条1項10号の2)とされている。したがって,本件著作物のプログラムを実行してプレイした結果展開されるストーリーは,指令を組み合わせたものとしてのプログラムの著作物ということはできないし,データもプログラムの著作物ではないから,被告プログラムを使用してフロッピーディスク上の「NBDATA」に100を超える能力値を書き込むことをもって,本件著作物の同一性を侵害する改変行為であるということはできない」と判断して,原告の請求を棄却しました。

4.検討
 本事件では,原告ゲームのコンピュータプログラムが,被告のコンピュータプログラムにより改変されたのか否かが,文字どおりの争点でした。
 この点については,判決が判示しているとおり,被告プログラムは,原告プログラム中にデータを書き込むのみであり,しかも,既存のデータを書き換えるものではなく,新たなデータの書き込みを予定している部分に新たにデータを書き込むのみであることから,このような行為により,原告のプログラムが改変されたと判断することには,慎重にならざるを得ないように考えられます。
 原告の主張せんとしていることは,自らの創作物であるゲームの内容が,被告プログラムにより予想外に変容してしまうという点にあると思われますが,これをプログラムの改変として構成して主張することが適切であるのか否かという点が問題となると思われます。
 ゲームソフトにおいては,コンピュータプログラムとは別に,画面表示が一定の要件を備えている場合には,視聴覚著作物として保護されることが,ほぼ確立した判例であると考えられますので,被告プログラムによる原告プログラム中のデータの予想外の変容が,同時に画面表示の予想外の変容を招くのであれば(この点については筆者は確認しているわけではありませんが),視聴覚著作物の改変を主張することも可能ではなかったのかとも考えられます。
 いずれにしても,このような問題は,今後マルチメディア作品の普及に従って,従来以上に生じてくる問題であると考えられます。
 本事件とはやや離れることになりますが,データの保護ないし改変の問題について,より突っ込んだ検討を行うべき時期が来ているようにも思われます。

みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。