知的所有権判例ニュース |
職務発明につき特許を受ける権利を使用者へ 承継させた従業員が請求しうる相当なる対価の 額について具体的に算定した大阪高裁判決 |
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生田哲郎/名越秀夫 |
1.事件の内容 |
被告会社の元研究開発室長だった原告は,在職当時,訴外会社の3名の従業員と共に共同して職務発明を為し,原告は自己の権利を被告会社に譲渡したが,退職後に特許法35条3項,4項に基づき,相当なる対価を被告会社に請求しました。特許法35条3項に規定する職務発明をした従業員が取得しうる相当の対価の額について,同条4項は,(1)その発明により使用者等が受けるべき利益の額,(2)その発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならないと規定しています。平成6年5月27日に下された大阪高裁判決では,この対価の額を導く過程を具体的に判示しています。
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2.争点 |
原告が被告会社に対し請求し得る対価補償額
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3.裁判所の判断 |
(1) 本判決は,「職務発明の承継により従業員が取得する対価の額の算定の前提」について,以下判示しました。
「相当な対価の支払請求権は,契約,勤務規則に別段の定めがあるなどの特段の事情のない限り,特許・実用新案登録を受ける権利の承継の時に発生し,対価の額はその時点における客観的に相当な額を定めるべきであるが,承継の時より後に生じた事情,例えば,特許・実用新案権の設定登録がなされたか否か,当該発明・考案の独占的実施又は実施許諾によって使用者が利益を得たか否か,得た場合はその利益の額等も,右時点における客観的に相当な対価の額を認定するための資料とすることができるものと解するのが相当である。」 (2) 次に「被告会社が特許を受ける権利を承継して商品を製造販売している場合の法的根拠」について,以下判示しました。 「被告がその権利について無償の通常実施権を有するからではあるけれども,それだけの製造販売の実績を上げることができた経済的理由は,被告の企業努力はもちろんであるが,それ以外にそれを超えて,被告が権利を承継してその発明・考案の実施権を独占することができたことに起因する部分があることは明らかである(すなわち,被告の販売実績は法定の通常実施権を得ての企業努力に基づく部分と独占権に基づき他企業の製造販売を禁止することができた結果に基づく部分の合計と考えられる)。」 (3) 次に,本判決は原告から被告会社に承継された発明について,「被告会社の実施品の売上総額」を12億674万1077円と認定しました。 (4) 次いで本判決は「実施料相当額」について「右売上総額のうち,同発明につき特許を受ける権利を承継したこと,すなわち同業他社に対し,同発明の実施を禁止することができたことに起因する部分が,法定の通常実施権を得たままであった場合との対比で,いかなる割合なのかを明確にし得る事実関係を認めることはできない。そうすると,同発明の実施を禁止することができたことに起因する部分は,売上総額の2分の1を超えるものとも,これに満たないものとも認めることができず,結局,2分の1に相当するものとしか認めることができない。したがって,右部分は,6億337万538円となる。」と判示した後,更に,以下判示しました。 「次に,同発明を第三者に実施許諾したと仮定した場合の実施料率を考えるに,これを直接認定するに足りる証拠はないが,社団法人発明協会研究所が平成4年4月ころ行った実態調査によれば(「技術取引とロイヤルティ」発明協会研究所編,発明協会発行),実施料率における料率分布では,最も多かった料率は3%以下2%超であること,同発明が特に優れたものとは認められず,同発明の延伸倍率を外れた近似の延伸倍率でも同程度の製品の製造が可能であり,現実にも原告在職当時に前記認定のとおり同発明の延伸倍率に該当しない延伸倍率を適用して製品(「鮎ごころ」「アクアキング」)を製造販売したことがあること,他方において,被告は,継続して同発明を実施してきており,工業的に無意味なものとも認められないことなどを考慮すると,同発明の実施を第三者に許諾すると仮定した場合の実施料率は2.5%と認めるのが相当である。そうすると,同発明につき特許を受けることができる権利を譲り受けたことにより被告が受けるべき利益に相当する, 同発明を第三者に実施許諾した場合の実施料相当額は,次の算式のとおり1508万4263円となる。 603,370538円×0.025=15,084,263円 同発明の発明者は4名なので,その4分の1に相当する377万1066円が原告持分に相当する部分ということになる。」 (5) 更に,本判決は,「対価相当額の認定」について,以下判示しました。 「本件発明当時原告は部長待遇の研究開発室室長の職にあり,同発明は原告の職務の遂行そのものの過程で得られたものであること,同発明は,被告被用者の協力を得た上,被告作業現場に蓄積された経験等を利用して成立したいわゆる工場考案の色彩が濃厚であり,原告としては,被告の設備及びスタッフを最大限活用して発明したものであること,その他本件に現れた諸事情を総合配慮すると,同発明について被告が貢献した程度を考慮すれば,右(2)認定の被告が受けるべき利益の持分分の40%に相当する150万8426円をもって同発明につき特許を受ける権利の承継に対する相当な対価と認めるのが相当である。」 (6) なお,「発明の出願補償,登録補償相当分の相当対価額」について,昭和61年の社団法人発明協会研究所の実態調査の結果,及び,その後の物価上昇等を考慮して原告の出願補償,登録補償相当額として合計金15万6420円と認定した。 (7) よって「相当対価額の合計」を(5)と(6)の合計から金166万4846円と認定しました。 |
4.検討 |
本判決は具体的事案において,使用者が従業者から職務発明につき権利を独占し得る地位を取得したことにより得た利益額を認定した上で,従業者に支払うべき相当な対価の額を具体的に算定しており,企業の特許実務上,参考になると思われます。
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