発明 Vol.92 1995-8
知的所有権判例ニュース
小売店が商品を小分けした後に再度同一の
商標を付して販売する行為が登録商標の無
断使用にあたると判断された事案
水谷直樹

1.事件の内容
 原告(株)ハイポネックスジャパンは,登録商標「MAGAMP」を所有しており,同商標を付した肥料を販売していたところ,被告(株)草葉ナーセリーは,これを購入のうえ,小分け包装したうえで,この肥料の販売場所に「マグアンプK」を付した定価表を掲出し,また,「MAGAMPK」の標章を展示して販売しておりました。
 そこで,原告は,被告の上記小分け後の製品の販売は,原告の登録商標の無断使用行為にあたるとして,上記行為の差止めおよび損害賠償を求めて,平成4年に,大阪地方裁判所に訴訟を提起いたしました。
 
2.争点
 本件事件の争点は,
(1)被告の行為は,原告の登録商標を侵害するか
(2)被告の責任が認められる場合に,損害額はどのように算定すべきであるのか
の2点でありました。

3.裁判所の判断
 大阪地方裁判所は,平成6年2月24日に判決を言い渡し,上記(1)の争点につき,
 「被告は,本件商標と類似するイ号標章を,指定商品(肥料)と同一の商品である被告小分け品について,その出所表示機能及び品質表示機能等の自他識別機能を果たす態様で使用しているものと認められる。たとえ被告小分け品が原告販売にかかる本件商品(大袋)を開披してその内容物を詰め替えただけのものであったとしても,被告がイ号標章を被告小分け品に使用する行為はいずれも本件商標権を侵害するものといわざるを得ない。」
 「また,実質的にみても,本件商品のような化成肥料は,その組成,化学的性質及び製造方法に関する知識を有する原告や製造者以外の者がこれを小分けし詰め替え包装し直すことによって品質に変化を来すおそれが多分にあり,その際異物を混入することも容易であるから,被告の被告小分け品販売行為が許されるとすると,商標権者たる原告の信用を損い,ひいては需要者の利益をも害するおそれがあるので,被告の被告小分け品販売行為は本件商標権を侵害するものといわざるを得ない。」
 「当該商品が真正なものであるか否かを問わず,また,小分け等によって当該商品の品質に変化を来すおそれがあるか否かを問わず,商標権者が登録商標を付して適法に拡布した商品を,その流通の過程で商標権者の許諾を得ずに小分けし小袋に詰め替え再包装し,これを登録商標と同一又は類似の商標を使用して再度流通に置くことは,商標権者が適法に指定商品と結合された状態で転々流通に置いた登録商標を,その流通の中途で当該指定商品から故なく剥奪抹消することにほかならず,商標権者が登録商標を指定商品に独占的に使用する行為を妨げ,その商品標識としての機能を中途で抹殺するものであって,商品の品質と信用の維持向上に努める商標権者の利益を害し,ひいては商品の品質と販売者の利益もを害する結果を招来するおそれがあるから,当該商標権の侵害を構成するものといわなければならない。」
と判示し,被告による商標権侵害の成立を認めました。
 次に判決は,上記(2)の争点について,「本件に顕われた一切の事情を総合考慮すると,被告小分け品の販売により被告が得た利益は売上額の10%と認めるのが相当である。」  「被告が被告小分け品の販売により得た利益の額は96万3392円と算定され,これが原告の受けた損害の額と推定される」
 「なお,一般に,侵害者の利益が商標侵害行為によってのみ生ずるということはむしろ稀であり,侵害者の努力,経営力,販売力,資本力,労働力,経済状況,需要者の趣向等々の大きく関係していることは常識であり,その上,侵害者が市場を開拓してくれたお蔭で権利者の製品もより多く売れるようになることすらあり得る。つまり,販売量は商標だけで決定されるものではない。本件においては,被告小分け品の販売量と原告小分け品の販売量との間に原告主張の関係,すなわち被告小分け品販売行為なかりせば原告が同量の原告小分け品を販売できたとの関係が成り立つとは経験則上到底考え難い。」
と判示しました。

4.検討
(1)本判決は,登録商標を付して販売された商品を購入した小売業者が,これを購入のうえ,小分けをし,この小分け製品の販売場所に,登録商標に類似する標章を付した定価表を掲出し,あるいは同標章を展示して,これを販売したとの事案を内容とします。本件では,真正商品を適法に入手した後に,これを小分けして,登録商標に類似する標章を付して販売した点が通常の商標権侵害事案と異なる点です。
 判決は,このような行為は“(小分け行為により)品質に変化を来すおそれの有無にかかわらず登録商標権を侵害すると判示しております。
 すなわち,このような行為は,商標の出所表示機能,品質保証機能といった基本機能を,定型的に損なうとの判断が,その前提としてなされているように考えられます。
 小分けの態様にかかわらず,常にこのような判断でよいのか等を含め,真正商品の小分け販売行為の問題は,今後さらに議論が必要なようにも考えられます。
(2)次に,損害賠償額の認定の問題につき,判決は,商標権侵害行為と相当困果関係にある損害額との観点から,その損害額の認定を行い,損害の範囲を制限的に解しております。
 真正商品の小分け販売というような,あまり予想されていなかった問題について,どのような枠組みで損害額の認定を行っていくのがよいのかについても,今後,より検討が必要なように考えられます。

みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,l975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。