知的所有権判例ニュース |
特許権侵害事件において,特許権の国際的 消尽の適用を初めて認め,特許製品の並行 輸入が特許侵害でない旨判示した高裁判決 |
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生田哲郎/名越秀夫 |
[事件の内容] |
ドイツ連邦共和国の自動車ホイールメーカーのべー・べー・エス(BBS社)は,少なくともドイツと日本で,自動車用ホイールに関する同一発明について特許権を有していた。BBS社がドイツ国内で製造販売した自動車用ホイール製品(本件製品)を,(株)ラシメックスジャパン(A社)がドイツ国内の業者から直接,あるいはシンガポールの第三者を経て間接に,日本に輸入し,それを関連会社の(株)ジャップオートプロダクツ(B社)に販売し,B社はさらにそれを少なくとも平成4年8月ごろまで他の業者等に販売していた。これに対して,BBS社は,A社,B社を相手に,日本特許権を根拠に,輸入販売の差止めと損害賠償を求めて,平成4年に,東京地裁に提訴しました。
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[争点] |
本事件の争点は,「特許製品の並行輸入の差止めの可否」です。商標権に基づく並行輸入は差止めが認められないことは,裁判・輸入実務上確立しています。他方,特許権に基づく並行輸入の差止めの可否については,「各国の特許権は互いに独立しているから,特許権消耗の理論が適用されるのは,その特許権の付与された国の領域内に限られると解すべきである」として,差止めを認めた昭和44年6月9日付の大阪地裁の「中古ボーリングピン事件」判決以降,平成6年の本件の第1審判決まで,全くありませんでした。
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[東京地方裁判所の判決] |
東京地方裁判所は,平成6年7月22日付で,大要以下の理由で,原告勝訴の判断を下しました。
(1)「ここで念頭におかれている独立とは,各国の特許権自体の無効,消滅,存続期間等が他国の特許権自体に影響を与えないということであって,特許権自体の存立とは直接関係の無い,個々の転々流通する実施品に特許権を行使し得るかという特許権の行使の可否の問題について規定しているわけではないと解すべきものである。」。また「我が国の裁判所が,我が国の法の解釈として,権利行使の対象になっている製品が,同一の発明について外国で付与された特許の実施品であり,当該国で適法に拡布されたものであることを考慮して権利の行使を制限することも属地主義の原則に反するものではない。」 (2)「そして並行輸入は,特許法2条3項の1号所定の輸入行為に該当し,並行輸入が我が国で特許権の侵害にあたらないとすることが,特許法の目的に沿うとも,国際社会における意識にも合致するものとも認められない現在においては,特許法の文言どおり,特許権の侵害というべきである。」 |
[東京高等裁判所の判決] |
そこで,被告らが,東京高等裁判所に控訴したところ,平成7年3月23日付で,東京高等裁判所は,大要以下の理由にて,原判決を取り消し,原告の請求を棄却しました。
(1) 特許独立の原則,属地主義と真正商品の並行輸入の差止めの可否との関係について 「我が国で成立した特許権の効力範囲を定めるにあたって,外国で行われた特許製品の適法な拡布の事実を考慮することが許されるか否かの問題は,正に,我が国特許法の解釈の問題である。」 (2) 国内的消尽論について 「特許権者等が当該特許にかかる製品を適法に拡布したことにより,当該製品に関する限り,当該特許権は目的を達して消尽したものと解する。特許権者等には,右拡布の際に,当該発明を公開した代償も合わせて製品価格に含めることが可能となり,拡布後の製品の流通過程において,特許権者に二重の利得の機会を認めるべき合理的な根拠は存しない。」 (3) 特許権の国際的消尽について 「特許権者等による発明公開の代償の確保の機会を一回に限り保障し,この点において産業の発展との調和を図るという前記の国内消尽論の基盤をなす実質的な観点から見るかぎり,拡布が国内であるか,国外であるかによって格別の差異はなく,単に国境を越えたとの一事をもって,発明公開の代償を確保する機会を再度付与しなければならないという合理的な根拠を見いだすことは出来ない。このことは,我が国の経済取引において,取引の国際化が極めて広範囲かつ,高度に進展しつつあるとの公知の現代の国際経済取引の実情を踏まえると,より一層の強い妥当性を有する。本件において原告は本件発明と同一発明について,ドイツ連邦共和国特許権を有し,同国において本件製品を適法に拡布しているので,発明公開の代償を確保する機会をすでに一回保障されており,右拡布のさい,代償確保の機会を法的に制約されていたとの事実はなく,本件特許権は本件製品に関して消尽したものと解する。」 (4) ライセンスの動機付け,特許製品の品質保持を困難とさせるとの被控訴人の主張について 「特許にかかる真正品の並行輸入は,外国において一旦適法に拡布された後の特許に係る製品の輸入である以上,その数量及び価格にも自ずと一定の限界があること明らかであることを考慮すると,特許に係る真正品の並行輸入の容認が,ライセンスの動機付けを弱め,多様な技術の出現を疎外する主要な要因を為すとは到底認め難い。」 「被控訴人は,特許に係る真正品の並行輸入を容認しては,特許製品の品質の保持は困難であり,ひいては消費者に不測の損害を与える恐れがあると主張するが,このような問題は,本来的に当業者の信用に関する問題であって,技術的思想の保護を目的とする特許権の効力の問題とはおよそ次元の異なる問題であることは明らかであるから右主張はそれ自体失当であると言わざるを得ない。」 |
[解説] |
本控訴審の判決は,我が国の裁判所として初めて特許権の国際的消尽を認め,特許製品の並行輸入を特許権で差し止められないとした点,裁判実務,輸入実務の両面において画期的な意義を有する判決です。この判決の結論は,現代の国際経済取引の実情を踏まえると,妥当なものとして広く是認されると思われますが,「代償確保の機会を一回に限り保障し」という本控訴審判決の判示が必ずしも該当しないような事例の場合に,いかなる判断が下されるのか,大いに興味のあるところであります。
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