発明 Vol.92 1995-6
知的所有権判例ニュース
シナリオ作品について
翻案の認定基準を判示した事例
水谷 直樹

1.事件の内容
 原告妻鹿年季子氏はシナリオライターであり,昭和63年に,いわゆる“ミスターレディー”を主人公としたシナリオ作品「僕のスカート」を作成し,同作品は,同年中にラジオ放送されました。
 一方,被告相良敦子氏もシナリオライターであるところ,同人は平成2年に「4月4日に生まれて」とのタイトルのシナリオ作品を作成し,被告(株)テレビマンユニオンが同作品をドラマ化したうえで,同作品は,同年中にテレビ放映されました。
 原告は,被告らの作品は,原告のシナリオに依拠して,これを無断で翻案したものであると主張して,平成2年に,東京地方裁判所に損害賠償を請求して訴訟を提起しました。
 
2.争点
 同事件での争点は,文字どおり,被告作品が原告作品の翻案物であるのか否かとの点でありました。

3.裁判所の判断
 東京地方裁判所は,平成6年3月23日に判決を言い渡しましたが,同裁判所は,同判決中で,被告作品が原告作品の翻案であるのか否かを認定するに際しては,「著作権法27条は,『著作者は,その著作物を翻訳し,編曲し,若しくは変形し,又は脚色し,映画化し』と例示したうえ,『その他翻案する』権利を有すると規定しているから,『翻案』とは,翻訳,編曲,変形,脚色又は映画化と同じように,いずれか一方の作品に接したときに,接した当該作品のストーリーやメロディ等の基本的な内容と,他方の作品のそれとの同一性に思い至る程度に当該著作物の基本的な内容が同一であることを要するというべきである」と判示しました。
 そのうえで,同判決は,両作品のストーリーの内容について詳細な認定をしたうえで,両作品を対比し,両作品相互間の対応部分の有無,ストーリー展開の類否,作品の基本的な性格の類否,表現方法の類否等を比較して(その詳細については直接判決を参照して下さい−判例時報1517・136)「本件のようなドラマやその脚本においては,主題,ストーリー,作品の性格等の内容が類似することを要するというべきところ,本件においては,右認定のようなストーリーの相違,主題又は作者の意図の違等を総合すると,原告脚本と被告ら作品は,基本的な内容において類似しているとは認められないというべきである。」
 「原告脚本及び被告ら作品のストーリーは,それぞれ前記認定のとおりであるから,両作品の設定を抽象化するならば,両作品とも原告主張のように表現する余地がないわけではなく,両作品に接する者の中には,いずれか一方の作品に接したときに他方の作品の存在を思い浮べる者がいるかもしれない。しかしながら,前記説示のとおり,本件のようなドラマやその脚本においては,主題,ストーリー,作品の性質等の基本的な内容が類似することを要するというべきであって,単に抽象化された設定が同一ないし類似であったり,単に,一方の作品に接したときに他方の作品の存在を思い浮べるといった程度では,翻案したものということは出来ない。」と判示して,翻案の存在を否定し,原告の請求を棄却しました。

4.検討
 著作権者は,著作物の翻案権を専有しておりますが,対象作品が原作品とどの程度類似していれば,これを原作品の翻案物といえるのか,また,どの程度類似していなければ,原作品の翻案物ではなく独立の作品といえるのかについては,これまで基準は必ずしも明白ではありませんでした。
 この点については,従来から著作物の表現を,外面形式と内面形式に分けたうえで,内面形式を維持したままで,外面形式を変更することが翻案であるなどと言われてきましたが,具体的なケースを判断する際の基準としては,あいまいであったと言わざるを得ません。
 本判決は,この点について,ある作品が,原作品の翻案物と言い得るためには,一方の作品に接したときに,当該作品のストーリー,メロディ等の基本的な内容と,他方の作品のそれとの基本的な同一性に思い至る程度に両者が同一であることを要すると判示して,一方の作品に接したときに,単に他方の作品を思い浮かべるといった程度では,翻案を認定するには十分ではないと判示しております。
 これを要するに,翻案である以上は,複製とは異なり,直接の表現形式が異なることは当然ではあるものの,作品の主題,ストーリー展開,作品の性格等の作品を構成する基本骨格についての同一性の有無が,翻案物であると言えるのか否かを決定する際の決め手となる旨を判示しているものと考えられます。
 著作権法は,作品の表現を保護し,その背後にあるアイデア部分を保護しないとの同法の原則からすると,本判決が判示するとおり,翻案物であると言えるためには,対象作品に接することにより,原作品を思い浮かべるという程度では不十分であり,ストーリー展開,作品の主題,性格等のより具体的な作品の骨格部分の同一性の存在が要求されることは当然であるとも考えられます。
 本判決は,シナリオ作品について,翻案の存否を具体的に判断したものであり,今後の実務に対して一つの判断基準を与えてくれたものと考えられます。
 翻案と言い得るか否かの一般的基準については,シナリオとは異なるジャンルに属するコンピュータプログラム,データベース等を含めて,今後の判例の集積により,より明確になることが期待されます。

みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。