知的所有権判例ニュース |
特許権消耗の原則 |
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神谷 巖 |
[事実関係] |
被上告人(第一審原告)は,海苔取出装置に関する特許権(以下本件特許権という)を有していた。そして第三者Aがその侵害品を製造し,上告人(第一審被告)がこれを仕入れて外部に販売していたので,これらに対して,別々に訴訟を提起し,損害賠償及び不当利得返還を請求した。Aについての審理を担当した裁判所は,その特許権侵害事実を認め,特許法第102条第1項を適用し,Aの挙げた利益をもって被上告人の損害と推定し,その賠償請求を認容した。
本件の控訴審を担当したのは,大阪高等裁判所である。同裁判所は,被告が特許権侵害品を販売した行為も特許権の侵害行為であり,製造者Aの侵害行為とは別途に本件特許権を侵害する行為であるから,実施料相当額を主張・立証して,損害賠償を求め,または不当利得返還請求をすることができる,とした。これに対して被告は上告し,次のように上告理由を述べた。 特許権の効力は,製品が適法に販売されるときは,特許権者はこれによって実施の目的を達し,上記効力は消滅し上記製品について重ねて特許権に基づく追及権は存在しない(特許権消耗の原則)と理解されている(大阪地判昭44・6・9無体集1巻160,奈良地判昭50・5・26判タ329号287)。しかるに,特許権の侵害に基づく損害賠償請求にあたり,その特許発明の各種の実施行為(製造,使用,販売,貸し渡し,展示,輸入等)が各々独立してなされた場合,そのすべての各々の行為が特許権の侵害であることは認められるが,その異なる実施行為(例えば製造と販売)に重複して損害賠償を請求しうるかどうかということを検討するに,特許権消耗の原則からすれば,損害賠償も各々の実施の種類による実施行為相互の間は,不真正連帯債務の関係に立つから,その中の一人から損害の補填を受けたときは,他の種類による損害賠償請求権は消滅すると解するのが妥当である。従って,A分の13台については,別件判決に基づき被上告人がAから本件特許権の侵害として金255万円を受領したことにより,その特許権は消耗しており,上告人に対する損害賠償請求権は消滅しているにもかかわらず,上告人に対し本件特許権侵害を認め,不当利得金38万5000円を認定する原判決は,特許法102条1項,2項の趣旨に反し,その解釈を誤るものであるとともに,その事実認定において著しい誤認がある。ちなみに,原判決の論理に従えば,特許発明の各種の実施行為(侵害行為)が各々独立してなされた場合と,一人により行われた場合等,その特許権侵害の関与者の多少によりその損害額が大きく異なるという不合理な結果を招来することとなり,法常識に反すること明らかである。 |
[裁判所の判断] |
最高裁判所は,平成6年10月25日の判決で,次のように述べて,上告を棄却した。
所論の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り,右事実関係の下においては,上告人がAから物件購入をしてこれを他へ販売したことにより本件特許権の実施料相当額を不当に利得したとの原審の判断は,正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。 |
[解説] |
本件では,最高裁判所はいわゆる三下り半判決により,上告人が提起した問題については特段に応えることなく,上告を棄却した。しかし本件は,この種の論点に関しては初めてのものであり,簡単にでもよいから,理由を明らかにしてほしかった。ただし筆者も,この結論には賛成である。
特許権消耗原則とは,販売が正当に行われた後は,特許権は用い尽くされたものとなり,もはや同一物につき再び特許権を主張することができないとする説である。これは,特許権者又は適法な製造・販売権を有する者が販売した特許品を購入した者が自ら使用し,又は転売しても,これらの行為を権利侵害というのは常識に合致しないので,その間の関係を説明するために提唱された学説であり,いまは定説になっている。 上告人にはこの理論に依拠して,一度販売されたものが特許権の対象から外れたと考えるべきものである以上,本件の場合のように一度Aの販売につき損害賠償金が支払われた場合には,上告人の後に起こった販売行為という実施行為については,損害賠償や不当利得返還を請求することはできない,と主張したのである。しかし本件の場合,侵害行為はA及び上告人によって各別に行われたものであり,一方の行為について損害賠償金が支払われたからといって,他方の行為について民事責任を追及できないとすることにはならない。上告人が引用した大阪地方裁判所の判決も,「特許製品が適法に販売されるときは,特許権者はこれによって実施の目的を達し,右製品について特許権に基づく追及権は消耗すると解されている。」と述べており,販売の時においてそれが適法なものでなければならないとしている。また,青林書院発行,裁判実務大系第9巻,工業所有権訴訟法第350頁以下においても,清永判事は,侵害者ごとに民事責任を追及できるとの立場に立っている。 なお上告人は,以上の考え方に対し,特許権侵害の関与者の多少によりその損害額が大きく異なるという不合理な結果を招来することになり,法常識に反する,と主張しているが,侵害者の数が多くなり,侵害によって挙げられた利益が大きくなれば,特許権者により多い損害賠償をすべきこと当然であり,法常識に反するとは言えないであろう。 |