知的所有権判例ニュース |
著作物性および著作物の 同一性について判断した事例 |
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水谷直樹 |
1.事件の内容 |
原告井上宗和氏は,日本の城郭の研究者であるところ,昭和53年に,原告雄山閣から「日本の城の基礎知識」を出版しました。
同書中には,城郭の図面8葉,城に関する定義文「城とは人によって住居,軍事,政治目的をもって選ばれた一区画の土地と,そこに設けられた防禦的構築物をいう」,城と文芸作品との関係を示す一覧表が掲載されていました。 被告学文社は,平成3年に「城と城下町見方講座」を出版しました。 これに対して,原告らは,平成4年に,被告の上記書籍は,原告の図面8葉,定義文,一覧表を複製して掲載したとして,損害賠償を請求して,東京地方裁判所に訴訟を提起しました。 |
2.争点 |
本件事件の争点は,
(1)原告の図面,定義文,一覧表が著作物であるといえるのか (2)被告は,原告の著作権を侵害したか の2点でありました。 |
3.裁判所の判断 |
東京地方裁判所は,平成6年4月25日に判決を言い渡し,まず上記(1)の点につき,
「本件図面1ないし8は,いずれも,歴史上の建物,集落,各種のチャシ,城の建設工事等を概念的に描いた想像図であり,そこには作者の歴史学,考古学等についての学識に基づいて,描かれた対象の特徴をわかりやすく表現する創意が看取でき,著作物と認めることができる。」 「本件定義は,原告が長年の調査研究によって到達した,城の学問的研究のための基礎としての城の概念の不可欠の特性を簡潔に言語で記述したものであり,原告の学問的思想そのものと認められる。そして,本件定義のような簡潔な学問的定義では,城の概念の不可欠の特性を表す文言は,思想に対応するものとして厳密に選択採用されており,原告の学問的思想と同じ思想に立つ限り同一又は類似の文言を採用して記述する外はなく,全く別の文言を採用すれば,別の学問的思想による定義になってしまうものと解される。また,本件定義の文の構造や特性を表す個々の文言自体から見た表現形式は,この種の学問的定義の文の構造や,先行する城の定義や説明に使用された文言と大差はないから,本件定義の表現形式に創作性は認められず,もし本件定義に創作性があるとすれば,何をもって城の概念の不可欠の特性として城の定義に採用するかという学問的思想そのものにあるものと認められる。・・・学問的思想としての本件定義は,それが新規なものであれば,学術研究の分野において,いわゆるプライオリティを有するものとして慣行に従って尊重されることがあるのは別として,これを著作権の対象となる著作物として著作権者に専有させることは著作権法の予定したところではない。」 「原告井上の(一覧表について)江戸時代以降,主として明治時代から現代までの多様なジャンルの,しかも文芸作品の中から,日本の実在の城,架空の城を舞台とするもの217個を作者名と共に選択し,これを舞台となった城ごとに分類,配列し,これを城の所在地によって概ね北から南の順に配列し,我国における城と文芸作品との関係を一見して分りやすくまとめた一覧表とした本件一覧表は,編集物であって,その素材の選択及び配列によって創作性を有するものと認められるから,本件一覧表は著作物と認められる。」 と判断し,前記(2)の争点については, 「被告図面1ないし8と,本件図面1ないし8とを比較すると,・・・具体的な構図,内容は微細な点を除けば極めて似ているものであり,しかも,本件図面は学問的知識に基づいて概念的に作成された想像図であるから,被告図面は本件図面と関係なく作成されたものが偶然に本件図面と似たものとはとうてい解することができず,被告図面は,それぞれ,本件図面に依拠して作成されたものと推認することができる。そして,被告書籍中には,本件図面に依拠したものであることも,著作権者である原告井上の氏名の表示もない。 したがって,被告は,被告書籍に被告図面を掲載,発行することにより,原告井上の本件図面についての複製権,氏名表示権,同一性保持権及び原告雄山閣の出版権を侵害したものということができる。」 「被告一覧表は,初心者向けに,限られた数の城について,大衆になじみのある作品,作者を少数選択したものであるのに対し,本件一覧表は,高度の知識を求める読者を対象として,対象とする城も3倍近く,取り上げた作品のジャンルの幅も広く,一般になじみのない作品,作者も取り上げるなど,選択の基準や実際に選択された作品を異にするもので,被告一覧表が本件一覧表と同一又は類似するものとは認められず,被告一覧表を含む被告図書の出版が,原告井上の本件一覧表についての著作権,著作者人格権及び原告雄山閣の出版権を侵害するものということはできない。」 と判断し,以上の理由に基づいて,原告の請求を一部認容しました。 |
4.検討 |
著作権侵害の有無を検討するためには,まず侵害されたとする対象物について,著作物性が認められなければなりませんが,本判決は,前記定義文について,これを否定しました。
ある作品について,その表現とアイデアが分かちがたく結びついている場合には,著作物性が否定されることがありますが(本誌1994年12月号参照)本判決も同様の理由を挙げて著作物性を否定しております。 また,一覧表については,本判決は,編集著作物であることは認めたものの,上記した理由で,被告書籍中の一覧表との同一性については否定しました。 これらの判断は,いずれも著作物性,同一性の範囲等の著作権法の基本に関するものでありますが,いずれも著作権法の原則に立脚した妥当な判断であると考えられます。 |