発明 Vol.92 1995-2
知的所有権判例ニュース
商品形態が商品の技術的機能によって決定される商品に
対する不正競争防止法による保護の可否を判断した事例
水谷直樹

〔事件の内容〕
 原告の米国スリーエム社は,昭和50年頃から,「泥砂防止用コイル状マット−軟質合成樹脂の線条複数本をもって多数のコイル形状を形成してなるマット」を我が国に輸出し,原告住友スリーエム(株)は,これを我が国内で販売し,その後の昭和63年以後は,原告住友スリーエム(株)が,このマットを我が国内で製造,販売してきたところ,被告(株)リスダンは,これと類似した形態のマットを,昭和62年4月頃から製造,販売開始しました。
 そこで,原告らは,原告らの「泥砂防止用コイル状マット」の商品形態は,我が国において周知であるところ,被告製品の形態は,これと類似しており,原告製品との間で誤認混同が生ずることが避けられないとして,不正競争防止法1条1項1号(改正前)に基づき,被告製品の製造,販売の差止を求めて,昭和63年に,東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。
 
〔争点〕
 本事件の争点は,多岐に及びますが,特に重要な争点は,商品形態が,商品の技術的機能の必然の結果である場合に,これを不正競争防止法が保護する商品形態として保護することができるか否かとの点でありました。

〔裁判所の判断〕
 (1)東京地方裁判所は,平成3年11月27日付で判決を言渡し,上記の争点について,
「被告は,原告製品の形態は目の粗い立体網目状構造を持つ不織布の製造方法に由来するものであり,この製造方法は原告製品の製造販売以前から公知であって,合成樹脂のフィラメントを材料に使用した場合の必然の形態であるから,これと同様の製造方法により製造され,原告製品と同一又は類似した形態の製品も原告製品の製造販売以前から公知である旨主張する。
 しかしながら,前記のとおり,軟質合成樹脂の線条複数本をもって形成されたコイル状構造体という形態の泥砂防止用マットは,我が国内においては原告製品が初めてであるから,被告主張のような不織布の製造方法が公知であり,また被告主張のとおり合成樹脂のフィラメントを材料に使用した場合には必然的に原告製品のような形態になるとすると,このことは却ってこのような形態を泥砂防止用マットに応用したことの着想の意外性ひいては原告製品の形態の特異性を裏付けることになるのであって,被告の右主張は失当である。」
と判示して,原告の請求を認容しました。
 (2)そこで,被告が,東京高等裁判所に控訴しましたが,東京高等裁判所は,平成6年3月23日付にて判決を言渡し,上記争点について,
「本件商品形態のこのような特質からして,本件商品形態を不正競争防止法1条1項1号の『他人ノ商品タルコトヲ示ス表示』として保護する場合には,この種マットを泥砂防止用に用いるため製造販売等する第三者の営業行為をすべて禁圧することにつながり,同法条が本来的な商品表示として定める『他人ノ氏名,商号,商標,商品の容器包装』のように,商品そのものではない別の媒体に出所識別機能を委ねる場合とは異なり,同法条が目的とする出所の混同を排除することを超えて,商品そのものの独占的,排他的支配を招来し,自由競争のもたらす公衆の利益を阻害するおそれが大きいといわなければならない
 このことは,もとりよ,商品表示としての周知商品形態を模倣し,これに化体された他人の信用に只乗する不正競争行為を放置することをいうのではなく,不正競争防止法が保護する商品表示主体の正当な利益を害しない限度において競業行為を許容し,公衆が期待する自由競争による利益を維持するために必要な要件の検討をいうのであり,この要件は,機能的周知商品形態の持つ自他商品識別力の強弱を,競業者が採っている自他商品の混同防止手段との相関のうちにおいて観察し,後者が混同を防止するために適切な手段を誠実に採り,前者の自他商品識別力を滅殺して,混同のおそれを解消する場合において具備するものと解するのが相当である。」
「コイル状マットの市場においては,披控訴人製品,控訴人製品,その他の製品を問わず,その製造元からコイル状マットをいわば原材料として仕入れ,これを施工販売もしくは規格品として加工販売するにつき,自社製品として自社の商標の下に,独自の商品名を付して販売することは,被控訴人らが本件商品形態の周知性が確立されたという昭和62年4月より前の被控訴人製品の形態がいまだ取引者及び需要者に違和感を与えていた時点である昭和55年以降現 在に至るまで普通に行われている販売力法である。・・・・・・商標や商品が持つ本来的な商品識別機能は・・・・・・マットの種類を示す特徴としての本件商品形態の商品識別力に勝ると認められる。」と判示して,原告製品と被告製品の形態が類似していることは認めながら,相互に誤認混同は生じないとして,第一審判決を取消し,原告の請求を棄却しました。

〔検討〕
 商品の形態が,商品の技術的機能の必然の結果である場合に,この商品形態を不正競争防止法により保護すべきか否かの点は,従来から大いに争われてきた点といえます。
 この争点のポイントは,仮に上記の場合に保護を認めてしまうと,結果として,特定の技術に永久的な独占権を与えるのと同じことにもなりかねず,このような結果が相当であるといえるか否かとの点にあります。
 この点について,東京高裁の昭和58年11月15日付判決は,保護を認めたとしても,それは技術を保護するものではなく,営業努力の結果を保護するのであるから保護を認めてよいとの肯定的判断を示しましたが,今回の判決は,ニュアンスは異なるものの,結果としては,反対の立場に立ち,結果として特定の技術によりもたらされる商品の独占を認めることに対しては,消極的態度を示し,被告として,商品形態以外の点で商品相互の識別性の確立にどこまで意を用いてきたかを重視するとの立場を示したものと考えられます。
 今回の判決は,この問題に重要な一石を投げかけたということができると考えられます。

みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年.早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験台格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。