発明 Vol.92 1995-1
知的所有権判例ニュース
映画の著作物についての頒布権
神谷 巖

[事実関係]
 原告は,映画「101DALMATIANS」(日本名「101匹ワンチャン」,以下本件映画という)のビデオカセット(以下「本件ビデオカセットという)1000本を,その当時の著作権者ザ・ウォルト・ディズニー・カンパニー(以下ディズニー社という)からアメリカ合衆国内での許諾を受けて,製作販売していたパシフィックプログレスインク社から輸入し,これを日本国内で販売しようとした。これに対して,ディズニー社から著作権を有する映画のビデオカセットを日本国内において販売するについてライセンスを得ている被告らは,原告の上記並行輸入品の販売が違法である旨の文書を配布した。そこで原告は,本件ビデオカセットの販売活動が妨害されたとして,被告らに対し,本件ビデオカセットを販売すれば得たであろう利益350万円の損害賠償を請求した。なお,本件映画は1960年にアメリカ合衆国で製作され,著作権登録がなされ,その著作権はディズニー社へ譲渡された。したがってディズニー社は,ベルヌ条約により,本件映画について,わが国の著作権法による保護を受けることができる。
 原告はこの訴訟において,次のように主張した。すなわち,映画の頒布権は,映画のフィルムについては経済的な効用度が高く,1本のフィルムの上映によって多額の収益を上げることができること,および,劇場用映画がフィルムの配給という形で社会的に取引されている実態があることから,権利として認められたものである。ところが,映画のビデオカセットについては,1本のビデオカセットによって多額の収益を上げるというものではなく,多数のビデオカセットを販売することによって利益を上げていくことが前提になっており,映画のフィルムのようにこれを映写して公衆に見せるものではないから,頒布権を認める前提を欠く。すなわち,映画の著作物の頒布権は,上映権を実質的に保障する権利として認められるべきであるから,映画のビデオカセットについてまで認めるべきではない。また,本件ビデオカセットは,アメリカ合衆国において著作権者であるディズニー社の許諾を得て既に販売されたものであるから,ディズニー社は既に本件ビデオの販売による利益を得ている。したがって,原告がアメリカ合衆国において販売された本件ビデオカセットを日本国内において販売しても,何ら著作権者であるディズニー社の利益を害することにはならず,本件ビデオカセットの日本国内における販売は,著作権者の権利を侵害するものではない。
 これに対して被告らは,次のように主張した。わが国の著作権法は,映画の著作物について頒布権を認めているため,ベルヌ条約または万国著作権条約の加盟国から並行輸入された映画のピデオカセットをわが国において販売するためには,当該映画の著作権者から日本における販売についての許諾を得る必要がある。よって原告が本件ビデオテープをアメリカ合衆国から輸 入して販売する行為は,ディズニー社の本件映画についての著作権(頒布権)を侵害するものである。映画の著作物は,商品として国際的に流通することが多いため,どの国でどの期間に頒布されるかは,経済的に重要な意味をもっており,著作権者である映画社は,世界各国の劇場公開の時期とビデオカセットの販売時期を計画的に決定し,各国の映画興行の成功を企図している。映画産業は,極めて高い生産コストを要求され,投下資本を上回る利益を回収するために,映画を劇場,ビデオカセット,テレビ等のさまざまのメディアにおいて,複雑なタイムスケジュールにしたがって次々とリリースする方式を採っている。特に家庭用ビデオカセットのリリースの時期は,劇場用映画の上映が終了するころに設定されるのであるが,仮に,ビデオカセットの販売が開始された国から,まだ劇場公開も行われていない国に映画のビデオカセットが並行輸入されることになると,映画会社の興行計画は,根底から破壊され,映画産業全体に及ぼす影響は甚大である。
 
[裁判所の判断]
 東京地方裁判所は,平成6年7月1日,原告の請求を棄却する旨の判決を下した。そして裁判所は被告らの主張をほぼ取り入れたうえ,次のように述べた。現在の著作権法が映画の著作物についてのみ著作権者が頒布権を専有する旨規定したのは,ベルヌ条約のプラッセル規定が映画の著作物について頒布権を設けていたことと共に,映画は,劇場での上映を意図して製作され,オリジナルをもとにして複製された何本かのプリントが著作権者である映画製作会社から貸与の許諾を受けた劇場,映画館の間を転々と移転するという流通の形態がとられているのが常態であり,このような映画特有の流通を確保し,著作権者である映画会社を保護することも目的としていたものと解される。

[解説]
 映画の著作物にのみ頒布権が認められているのは,映画の著作物においては,それが固定された映画フィルムが高い経済的価値を有するものであり,したがってその頒布(配給)が映画の著作物の利用上重要な意味をもつことにあるとされている(出版ニュース社発行,著作権資料協会編,著作権事典,第305頁)。これをさらに敷衍すれば,被告らの主張するところとなろう。したがって,本件判旨は正当である。
なお映画の著作物については頒布権が認められているから,並行輸入を押さえることができた。これに対して,他の著作物については頒布権の規定がない。そしてこの点に関係ある規定として,著作権法第113条第1項第1号がある。それによると,「国内において販売する目的をもって,輸入の時において国内で作成したとしたならば,著作者人格権,著作権,出版権又は著作隣接権の侵害となるべき行為によって作成された物を輸入する行為」は,著作者人格権,著作権,出版権又は著作隣接権を侵害する行為とみなすのである。すると,ある人気漫画の著作権者が,各国でその複製権をその国に限定して許諾しても,その複製品の並行輸入を押さえることができないこととなる。なぜならば,その国の複製権者は,通常自己の国の中で販売することを目的として複製するので,この規定に該当しないからである。このため,人気漫画等の主人公を商品化するために複製権を許諾した者(著作権者)は,かなり困難な事態に陥っている。何らかの立法的手当てが必要なのではないだろうか。

かみや いわお 1965年東京工業大学理工学部を卒業,67年同大学院修士課程を修了し,直ちにソニー株式会社に研究者として入社。78年同社を退職し,同年司法試験に合格する。81年弁護士登録をし,主に知的財産権関係の事件を扱う。