発明 Vol.91 1994-9
知的所有権判例ニュース
本意匠,類似意匠と公知意匠の関係
神谷 巖
[事実関係]
 原告は「研磨布紙ホイール」なる物品に関して,昭和57年5月24日意匠登録出願をし,審査の末,701898号意匠として昭和61年12月23日登録された。原告はさらに昭和62年3月16日,上記意匠を本意匠とする類似意匠(その意匠を,以下本願意匠という)登録出願をした。特許庁は,本意匠登録出願後で本願意匠登録出願前に公知になった意匠(この意匠を,以下「引用意匠」という)を引用して,類似意匠登録出願を拒絶したので,原告は拒絶査定不服の審判を請求したが,平成4年12月10日,特許庁は「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決をした。そこで原告は特許庁長官を被告として,審決取消訴訟を提起した。本件審決は,本願意匠が引用意匠に類似するものであるから,意匠法第3条第1項第3号に該当するとして,本意匠と引用意匠の類比を検討することなく,本願意匠の登録出願を拒絶したものである。これに対して原告は,本願意匠と引用意匠とは類似しないとする取消理由を主張したほか,類似意匠制度との関係でもう一つの取消理由を,次のように主張した。
 被告は,引用意匠が公知になったのが本意匠の出願後であっても,その登録前であるときは,引用意匠と本意匠の類似性の如何にかかわらず,引用意匠が公知になった後に出願された本願意匠は,引用意匠と類似する限りその登録は排斥されるとする。しかしこの場合,引用意匠の実施は,本意匠登録後においては不法行為になるものであり,当業者は本意匠登録前であっても,絶えず意匠公報を閲覧するなどして不法行為をしないという一般的注意義務が課されていることからすれば,引用意匠の創作者が必要な調査をしたうえ積極的に意匠登録出願を行う等の行為により,意匠制度の目的に合致する行為をしたのなら,善意者として何らかの救済の道を与えることは,類似意匠制度の目的に適うとしても,単に本意匠の登録前に文献を頒布したというだけで,これに対し本意匠の類似範囲に属する類似意匠の登録を排斥する力が与えられるのは,類似意匠の登録を求める本意匠の権利者にとって余りに過酷である。また被告は,引用意匠と本意匠との関係が明らかに非類似である場合,これについて論ずるまでもないと主張するが,本件審決は引用意匠と本意匠が非類似であるとの判断をしていないし,証拠に照らして,引用意匠と本意匠とが明らかに非類似とはいえないので,被告の主張は失当である。
 
[裁判官の判断]
 東京高等裁判所第13民事部は,平成6年3月9日,原告の請求を棄却するとの判決を下した。本願意匠と引用意匠との類似性についても特許庁の判断を支持したのであるが,原告が主張したもう一方の上記の取消理由については,次のように述べて,原告の主張は理由がないとした。
 意匠法は,その第10条第1項において,「意匠権者は,自己の登録意匠にのみ類似する意匠(以下「類似意匠」という)について類似意匠の登録を受けることができる。」と規定し,同法第3条及び第9条の定める意匠登録要件の特例としての類似意匠登録が許される要件として,類似意匠として出願された意匠が自己の登録意匠(本意匠)に類似するという積極的な要件と,それが他人の意匠に類似しないという消極的な要件を挙げている。そして同法は,その第10条第2項で「前記の規定により意匠登録を受けた類似意匠にのみ類似する意匠については,前項の規定は,適用しない。」と規定することにより,上記積極的な要件に例外があることを定めているが,消極的な要件については,他人の意匠と本意匠の類否に関する場合を含め,何らの例外も定めていない。すなわち,同法の規定の文言上,上記消極的要件の判断の資料となる他人の意匠に特段の制限はなく,これについては,同法第3条及び第9条の規定する原則が適用され,類似意匠登録出願に係る意匠が他人の意匠に類似するときは,他人の意匠が類似意匠登録出願に係る意匠の本意匠に類似するかどうかを問うことなく,出願は拒絶すべきことになる。

[解説]
 判決のいうところは正当であって,これだけで判決としては十分であると言わねばならない。しかし判決は,原告の提起した問題に応えて,さらに次のように述べている。「これに対し,本意匠の出願後であって類似意匠登録出願前に公知となった他人の意匠あるいはこの間に出願された他人の意匠が本意匠に類似するときは,この他人の意匠は本意匠の意匠権の効力の及ぶ範囲に属するものとして実施が許されないから,これに類似意匠登録を阻止する効力を認めることは,類似意匠制度の趣旨に反するとの説があるが, ・・・・・・,本意匠の出願後であって類似意匠登録出願前に公知となった他人の意匠あるいはこの間に出願された他人の意匠が本意匠に類似するときであっても,例えば,この他人の意匠が本意匠を知らないで創作された意匠であって,この者が本意匠の意匠登録出願の際現に日本国内においてその独自の創作に係る意匠又はこれに類似する意匠の実施である事業をしていた等先使用権の成立要件を供えている場合のように,上記他人の意匠の実施が,常に本意匠の意匠権に対する関係で許されないとはいえない場合があることを考えれば,上記『実施が許されない』ことを主たる理由とする上記の説は採用できないといわねばならない。」。正に,簡にして要を得た判決と言える。なお,本意匠に類似する意匠が不法行為となることなく公知になる場合としては,単に意匠が公表されたのみで,意匠の「実施」(意匠法第2条第3項参照)には当たらない場合がある。以上の諸点から考えて,本件訴訟における原告の主張には,無理があったと言えよう。


かみや いわお 1965年東京工業大学理工学部を卒業,67年同大学院修士課程を修了し,直ちにソニー株式会社に研究者として入社。78年同社を退職し,同年司法試験に合格する。81年弁護士登録をし,主に知的財産権関係の事件を扱う。