知的所有権判例ニュース |
バッグに係る先使用権の成否が争われた事件 |
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水谷直樹 |
1.事件の内容 |
本事件の原告東洋製鞄(株)は,旧商品区分21類,指定商品をかばん類,袋物等とする登録商標「BATTUE CLOTH」を有しております。
一方,被告ジャーディン・マセソン(株)は,米国のハンティング・ワールド社(以下「HA社」と略します)のカバン類等についての輸入総代理店の地位にあります。 HA社は,当初は,サシフレール社を,その輸入総代理店に指定して,日本にカバン類等を輸出してきました。 HA社のカバン上には,円の中央に象の図柄をあしらい,その左上に「HUNTING」,右下に「WORLD」の各文字を配した標章が付されており,同時に「BATTUE CLOTH」を表示したタグが付けられておりました。 本事件の原告は,昭和57年1月に前記商標の登録出願を行い,昭和60年5月にその登録を得ました。 上記商標の登録時期と相前後した昭和57年11月に,HA社の輸入総代理店は,サンフレール社から被告に変更され,その後は,被告がHA社の商品を,日本に輸入してきております。 原告は,被告に対して,被告が輸入,販売しているHA社のカバン類等に「BATTUE CLOTH」を表示したタグを付けることは,原告が所有する商標の商標権を侵害すると主張して,平成元年に,損害賠償の支払いを求め,東京地方裁判所に訴訟を提起しました。 |
2.争点 |
本事件では,被告が原告の登録商標に類似する標章を使用していること自体は争いにはなっておらず,このことを前提にしたうえで,以下の2点, すなわち,
《1》被告は先使用権を抗弁として主張できるか 《2》被告は被告標章を,バッグ類の原材料を普通に用いられる方法で使用しているにすぎないといえるか, が,主要な争点となりました。 |
3.判決の内容 |
(1)東京地方裁判所は,平成3年12月16日に判決を言い渡して,《1》の点のみについて,「右認定の事実によれば,ハンティング・ワールド社は,原告の本件商標に係る商標登録出願の日である昭和57年1月7日前から,日本国内において,不正競争の目的でなく,その商標登録出願に係る指定商品の範囲に属する本件バッグ類について本件商標に類似する被告商標の使用をしてきた結果,その商標登録出願の際,現に,被告標章は,ハンティング・ワールド社の業務に係る本件バッグ類を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものであり,かつ,ハンティング・ワールド社は,継続して本件バッグ類について被告標章の使用をしているものと認められるから,ハンティング・ワールド社は,本件バッグ類について被告標章の使用をする権利,すなわち,先使用権を有するものというべきである。また,右認定の事実によれば,右ハンティング・ワールド社の先使用権の内容をなす被告標章の使用というのは,輸入総代理店であるサンフレール又は被告に対して本件バッグ類を輸出(販売)するについて被告標章を使用するものであることを含むものである。したがって,被告は,右ハンティング・ワールド社の先使用権の範囲に属する行為として,同社から本件バッグ類を輸入して日本国内の店舗においてこれを販売するについて被告標章を使用しているものといわなければならない。」
と判示して,被告の先使用権の抗弁を認めて、原告の請求を棄却しました。 (2)そこで,原告は東京高等裁判所に控訴しましたが,同裁判所も,平成5年3月31日付判決で, 「右認定の事実によれば,ハンティング・ワールド社が,素材が同社の開発した独自の本件素材であることを示す形態においてであったとはいえ,被控訴人標章あるいは『BATTUE CLOTH』,『バチュークロス』という標章を,同社が本件素材を用いて製造販売するバッグ類と常に結び付けて販売し宣伝広告してきた結果,かばん袋物では一般に素材の特徴が直接商品の特徴となる要素が大きいこともあずかって,被控訴人標章は,控訴人が本件商標の商標登録出願した昭和57年1月7日には,本件素材を表示するものとしての本来の意義を超え,本件バッグ類そのものを表示するものとしても,わが国において,主としていわゆる高級品市場において,需要者の間に広く認識されるに至っていたと認められる。すなわち, ハンティング・ワールド社は,控訴人の本件商標に係る商標登録出願前から,日本国内において,不正競争の目的でなく,その商標登録出願に係る指定商品の範囲に属する本件バッグ類について本件商標に類似する被控訴人標章の使用をしてきた結果,その商標登録出願の際,現に,被控訴人標章は,ハンティング・ワールド社の業務に係る本件バッグ類を表示するものとして,主としていわゆる高級品市場において,需要者の間に広く認識されていたものというべきであり,かつ,ハンティング・ワールド社は,継続して本件バッグ類について被控訴人標章の使用をしているものと認められるから,ハンティング・ワールド社は,その使用の形態において,本件バッグ類について被控訴人標章の使用をする権利,すなわち,先使用権を有するものというべきである。 そして,輸入総代理店である被控訴人は,右ハンティング・ワールド社の先使用権の範囲に属する行為として,同社から本件バッグ類を輸入し日本国内の店舗においてこれを販売するについて控訴人標章を使用する権原を有し,これをもって,控訴人に対抗できるものということができる。」と判示して,原告の控訴を棄却しました。 |
4.検討 |
本事件は,先使用権の成否について争われた事件です。
本事件では,ハンティング・ワールド社が,直接日本国内で販売活動をしていないため,このような場合にも先使用権の成立が認められるかが問題となりましたが,判決は,上記の理由でこれを認めております。 結果として妥当な判決であると考えられます。 |