発明 Vol.91 1994-3
知的所有権判例ニュース
商標の使用料相当額
神谷 厳
[事実関係]
 原告は,「イトオテルミン」なる縦書きの片仮名文字と,温熱治療器の図をX字状に交錯した図形と,それらの左右に「登録」「商標」の縦書き文字を配した商標について,旧々第18類理化学器械,旧々第67類燻料,旧々第1類化学品等について,3件の商標権を有し,温熱治療器等を独占的に製造販売していた国産治術イトオテルミー合名会社およびその需要者の組織である聖道会を主宰して,これらの商標を使用していた。その後原告は,温熱治療器の生産を中止し,聖道会も解散した。この温熱治療法は,訴外伊藤金逸が創見したものである。そして上記のように原告が温熱治療を中止してしまったので,その後金逸の長男等が「躋寿イトオテルミー」「躋寿イトオテルミー線」「躋寿/イトオテルミー線」等の商標を使用し,上記温熱治療器や熱源用線香を販売した。そこで原告が,被告等が使用している商標の使用差止めと,損害の賠償を請求して,本件訴訟を提起した。被告等は,商標の類似性を争ったほか,上記被告商標の使用を既に中止していると主張し,また権利濫用,消滅時効の抗弁を提出した。
 
[裁判所の判断]
 平成5年9月27日,東京地方裁判所はこの訴訟に対して判決を下した。そして商標の類似性については,「躋寿」の文字の部分は一般の人には読めず,意味も分からないから,被告の商標の要部は「イトオテルミー」の部分にあるとし,原告の商標の要部である「イトオテルミン」と称呼において類似するとした。この解説においては,いわゆる使用料相当額について検討したいので,その他の論点についての判断には立ち入らない。裁判所は,被告が売り上げた上記製品の金額を検討し,時効にかかっていない売上げの部分の10%が使用料相当額であるとした。その際,裁判所は,「金逸の考案した温熱療法は一部の需要者には強い支持を受けていること,国産治術社の温熱治療器等と被告の製品とは,同一の品質又は内容の商品ではなく,したがって被告製品においては,金逸考案の温熱療法に基礎を置くものであり,上記療法に使用することができるものであるとともに,その療法の正統であることを示すことが重要であって,・・・・・・したがって,上記の表示の被告製品の販売における寄与の度合いは極めて高いものであった・・・・・・」等と述べて,本件各登録商標の使用に対して通常受けるべき金銭の額は,販売額の10%相当であるとした。

[解説]
 一般に日本の裁判所は,損害賠償請求訴訟において,損害額の評価が厳しいと言われている。例えば,損害の算定に当たって,因果関係を厳しく追及するので,損害額も低くなりがちである。例えば名誉毀損による損害賠償で,数十万円しか損害を認めない例が多く,外国殊にアメリカ合衆国の判例に比べると,桁違いに額が少ないのが特徴である。知的財産権関係では,特許法には第102条第1項で損害の額の推定規定として,侵害者が侵害により得た利益を特許権者の損害と推定するとしている。しかし裁判所は,特許権者が自らその発明や考案を実施しているのではなく,他人に実施させているような場合は,上記の規定の適用はなく,第2項の実施料相当額しか認めない。仮に第102条第1項の適用を認めるとしても,侵害者が得た利益は,単に特許や商標を侵害したから得られたというべきではなく,資本や労働が加わって初めて利益が得られるのだから,利益額の3分の1が損害であるとしている例がある。しかしこれでは,他人の権利を侵害したほうが利益も確保できて有利であり,特許法の精神と合致しない虞れがあると指摘されている。
 さて,このような判例の傾向はすぐに変わらないであろうから,判例により実施料相当額(商標の場合は,使用料相当額)として,どの程度が認定されているかを見てみよう。第一法規発行,兼子・染野編著,判例工業所有権法に掲載された,売上高に対する使用料相当額は,次のとおりである。今回のように,売上高の10%を認めた例は,ルイ・ヴィトンの著名商標を侵害した場合であり,今回と同じく,被侵害商標の使用が売上げに大きく貢献したことが認められたためであろう。いずれにしても,商標権侵害においては,下記のように,使用料相当額の認定が広く分布している。
 0.2%   1例
 0.7%   1例
 1 %   1例
 1.11%   1例
 2 %   1例
 3 %   2例
 0.2%   1例
 10%   1例
 次に同じく判例工業所有権法により,特許,実用新案の場合の実施料相当額を見ると,次のとおりである。
 1 %   1例
 1.5%   1例
 1.66%   1例
 2 %   1例
 2.4%   1例
 3 %   8例
 4 %   1例
 5 %   5例
 5〜6%   5例
 10 %   5例
 これを見ると,商標権の場合に比べて,割合に事例ごとの格差が少なく,3%と5%が多い。この中で最高の10%の実施料相当額を認めた事例は,権利者が実際に売上高の22%の実施料で第三者に通常実施権を許諾していた場合である。よほど侵害者の利益率が高かったのであろう。今後は特許法等の精神を生かして,侵害のし得でないようにすることが,望まれる。


かみや いわお 1965年東京工業大学理工学部を卒業,67年同大学院修士課程を修了し,直ちにソニー株式会社に研究者として入社。78年同社を退職し,同年司法試験に合格する。81年弁護士登録をし,主に知的財産権関係の事件を扱う。