一般に日本の裁判所は,損害賠償請求訴訟において,損害額の評価が厳しいと言われている。例えば,損害の算定に当たって,因果関係を厳しく追及するので,損害額も低くなりがちである。例えば名誉毀損による損害賠償で,数十万円しか損害を認めない例が多く,外国殊にアメリカ合衆国の判例に比べると,桁違いに額が少ないのが特徴である。知的財産権関係では,特許法には第102条第1項で損害の額の推定規定として,侵害者が侵害により得た利益を特許権者の損害と推定するとしている。しかし裁判所は,特許権者が自らその発明や考案を実施しているのではなく,他人に実施させているような場合は,上記の規定の適用はなく,第2項の実施料相当額しか認めない。仮に第102条第1項の適用を認めるとしても,侵害者が得た利益は,単に特許や商標を侵害したから得られたというべきではなく,資本や労働が加わって初めて利益が得られるのだから,利益額の3分の1が損害であるとしている例がある。しかしこれでは,他人の権利を侵害したほうが利益も確保できて有利であり,特許法の精神と合致しない虞れがあると指摘されている。
さて,このような判例の傾向はすぐに変わらないであろうから,判例により実施料相当額(商標の場合は,使用料相当額)として,どの程度が認定されているかを見てみよう。第一法規発行,兼子・染野編著,判例工業所有権法に掲載された,売上高に対する使用料相当額は,次のとおりである。今回のように,売上高の10%を認めた例は,ルイ・ヴィトンの著名商標を侵害した場合であり,今回と同じく,被侵害商標の使用が売上げに大きく貢献したことが認められたためであろう。いずれにしても,商標権侵害においては,下記のように,使用料相当額の認定が広く分布している。
0.2% | 1例 |
0.7% | 1例 |
1 % | 1例 |
1.11% | 1例 |
2 % | 1例 |
3 % | 2例 |
0.2% | 1例 |
10% | 1例 |
次に同じく判例工業所有権法により,特許,実用新案の場合の実施料相当額を見ると,次のとおりである。
1 % | 1例 |
1.5% | 1例 |
1.66% | 1例 |
2 % | 1例 |
2.4% | 1例 |
3 % | 8例 |
4 % | 1例 |
5 % | 5例 |
5〜6% | 5例 |
10 % | 5例 |
これを見ると,商標権の場合に比べて,割合に事例ごとの格差が少なく,3%と5%が多い。この中で最高の10%の実施料相当額を認めた事例は,権利者が実際に売上高の22%の実施料で第三者に通常実施権を許諾していた場合である。よほど侵害者の利益率が高かったのであろう。今後は特許法等の精神を生かして,侵害のし得でないようにすることが,望まれる。