発明 Vol.91 1994-2
知的所有権判例ニュース
素描画複製事件
水谷 直樹
1.事件の内容
 本件は,土産物業者が製造,販売した土産物用暖簾が,故人となった画家の描いた素描画を複製して作製されたか否かが争われた事件です。
 すなわち,原告Xは,この素描画を描いた画家の長男であり,本件で問題となった2枚の素描画の著作権を相続取得していたところ,この原告Xは,上記暖簾を製造したYおよびこれを販売したYに対して,この暖簾は,Xが著作権を相続取得した素描画を無断複製したうえで,作製されているとして,その製造,販売の差止,損害賠償等を求めて,平成2年に東京地方裁判所に訴訟を提起しました。
 
2.争点
 本件訴訟で争点となった事項は複数に及びますが,その主要な争点は, Y, Yの製造,販売した暖簾が,Xが著作権を相続取得した著作物(素描画2点)を,無断複製したものであるのか否かとの点でありました。

3.判決の内容
 右の争点について,東京地方裁判所は,平成4年11月25日付判決で,以下のとおり判断しました。
 「以上1ないし4認定の事実によれば,本件著作物(一)と被告絵画(一),本件著作物(二)と被告絵画(二)は,それぞれ,線の太い細いや画風の差があり,対象物についても背景等の重要でない部分において若干の相違があるとはいえ, それぞれ,同一の対象物を同じ角度から同じ構図で写実的に描いたもので,表現内容の中心ともいうべき建物やその近傍の樹木,畑の状況は,窓の開閉状況や道具類の位置等写生の時期が違えば変化しているはずの細部に至るまで一致しているところ,本件著作物(一)及び(二)の複製を掲載した絵葉書セット,スケッチ画集は相当多数販売されており,同じく「山の民家」,「日本の民家素描お手本集」等の書籍も一般に販売されていたものであり,Zは写生等の現地調査を行わず,被告Yから提供された資料や自ら調査した資料を参考に,各二週間程度で被告絵画(一)及び(二)の下絵を製作したというのであるから,これらの事実を総合すれば,Zが被告絵画(一)及び(二)の下絵を製作するのに参考にした資料中には本件著作物(一)及び(二)の複製が含まれており,Zは,本件著作物(一)及び(二)の複製の主要な部分をほとんどそのまま自己の筆法で写すようにし,周辺部を変更して被告絵画(一)及び(二)の下絵を製作したものと推認することができ,被告絵画(一)及び(二),本件著作物(一)及び(二)に依拠して作出されたものといわざるをえない。
 被告らは,本件著作物(一)及び(二)も被告絵画(一)及び(二)も共に現存する合掌造りの建物を描いたものであって,類似点があるのは当然であり,また,被告YはZが製作した下絵に基づいて被告商品(一)ないし(四)を製造したが,本件著作物(一)及び(二)臼の存在を知らず見たこともなく,Zが合掌造りの建物をイメージするために参考にしたものは乙第10号証及び第11号証である旨主張する。
 しかし,本件著作物(一)及び(二)と被告絵画(一)及び(二)との対象物を見る角度,構図から,写生の時期が違えば変化しているはずの細部に至るまでの類似は,別人がたまたま同一の風景を描く場合に一般に予想される類似性をはるかに超えるものであると認められ,また,Zが合掌造りの建物をイメージするために参考にしたと主張する乙第10号証及び第11号証の写真は,構図,建物の位置関係,背景等が被告絵画(一)及び(二)と全く異なっており,右写真を参考にして被告絵画(一)及び(二)の下絵を製作したとは認め難く,被告らの右主張は採用することができない。
 以上によれば,Zは,被告絵画(一)及び(二)の下絵を製作するに当たり,本件著作物(一)及び(二)を複製した上,一部改変を加えたものと推認することができるから,右下絵に基づく被告らによる被告商品(一)ないし(四)の製造,販売は,本件著作物(一)及び(二)について原告が有する複製権を侵害するものというべきである。」
 と判示して,Y,Yが,Xの複製権を侵害したことを認めました。

4.検討
 著作物の無断複製が成立するためには,無断複製が問題とされる対象物件が,以下の要件を満たしていることが必要になります。
《1》 対象物件が,原著作物と同一性の範囲内にあること。
《2》 対象物件の作製者が,原著作物に対してアクセスをしていること。
 本判決は,この2点について詳細に検討しております。
 すなわち,判決は,《1》の点につき,前記のとおり,同じ風景を描いたとしても,異なる時期に写生すれば異なっているはずの細部までもが一致しているとすれば,これは,同じ風景を別々の時期に,独立して写し取ったのではなく,原著作物の表現そのものをコピーしたものと解することが相当であると判断しております。
 また,《2》の点につきましても,原著作物が,一般の書籍や絵葉書として販売されており,しかも右のとおりの類似性が認められることからすれば,被告側は,この原著作物に対してアクセスしていたものと推定することが相当であると認定しております。
 以上のとおり,本判決は,絵画の著作物の無断複製の成否につき,詳細な検討を行い,上記のとおり結論を出しております。
 本件は,検討の対象が絵画であったため,結論を導き出すプロセスも比較的明快であるものと考えられますが,これがコンピュータプログラムなどになりますと,デッドコピーの事例のような場合を除けば,複製の存否の検討も,より複雑なものになると考えられます。
 すなわち,複製の有無が問題になる場合にも,原著作物と対象物件を比較した場合には,通常相互に同一でない部分が存在し,この部分を,著作物全体との関係でどのように評価するのかが問題になります。
 この問題は,基本的にはケース・バイ・ケースで判断していくしかない問題であると考えられますが,今後の具体的な事例の集積により,その基準が,より明確になることが望ましいものと考えられます。


みずたに なおき 1973年東京工業大学工学部卒業,1975年早稲田大学法学部卒業後,1976年司法試験合格。1979年弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法の関係の分野の訴訟,交渉,契約書作成等を数多く手がけてきている。