発明 Vol.90 1993-10
知的所有権判例ニュース
香水の販売差止請求事件
水谷直樹
1 事件の内容
 本事件は、香水で有名なシャネルグループの商標等の管理会社の「シャネル・エスアー」(以下「シャネル社」という)が、「シャネルタイプ」と名付けた香水を販売していた株式会社伍幸に対して、香水の販売の差止めを求めて、平成三年に東京地方裁判所に提訴した事件です。
 シャネル社は、上段を「N0.5」、中段を「CHANEL」、下段を「PARIS」と表示する構成の登録商標を有しておりました。
 一方、伍幸は、スティック状の容器に入った香水を販売しておりましたが、この香水のパッケージ上に、
 《1》  上段が「シャネル」、中段が「No.5」、下段が「タイプ」から構成される標章を表示し、
 《2》  パッケージ上の一連の説明文章中に、他の文字と比べて特に肉太の文字で「CHANEL No.5(R)」と表示しておりました。
 そこで、シャネル社が、これらの表示が、同社の上記登録商標の商標権を侵害するとして、前記訴訟を提訴しました。
 
2 争点
 前記訴訟で争点となった点は、以下の2点でした。
 《1》  前項の《1》、《2》の態様の標章の表示は商標としての使用といえるか。
 《2》  仮に商標としての使用といえる場合に前記《1》、《2》の標章は、シャネル社の前記登録商標に類似し、商標権を侵害口することになるか。

3 裁判所の判断
 東京地方裁判所は、平成五年三月二四日に判決を言い渡し、右の二点について、以下のとおり判断しました。
 すなわち、争点《1》については、
 「『シャネル』『No.5タイプ』の文字は、唯一の日本語であり、橙黄色の地の中の灰色の円形の中に記載されていることもあって、小さな文字であっても需要者、取引者の注目を引くところ、『シャネルNo.5』がシャネル・グループの製造販売する香水の商品表示として著名であることが当裁判所に顕著であることからすれば、『シャネルNo.5タイプ』の内『シャネルNo.5』の部分(被告標章(二))をもって、被告商品の出所を表示する標章と理解する需要者も決して少なくないものと認められる。」
 「また、前記文章中、『CHANEL No.5』の部分はやや肉太の、他とは異なる書体で表されて一段をなしていることから需要者、取引者の注目を引くところ、前記のとおり、右部分を含む英語の文章全体の意味を理解できない需要者は少なくないものと認められること、右部分(被告標章(一))の直後に登録商標であることを示す(R)の記号が付されていること、前記のとおり『シャネルNo.5』がシャネル・グループの製造販売する香水の商品表示として著名であることからすれば、右被告標章(一)をもって、被告商品の出所を表示する標章と理解する需要者も決して少なくないものと認められる。」
 と判断して、前記《1》、《2》の標章の表示は、商標としての使用にあたると判示しました。
 次に、裁判所は、争点《2》について、「原告商標は、『No.5』、『CHANEL』の各文字に続いて、『PARIS』という文字を表示するものであるが、右の「PARIS」はフランスの地名「パリ」を表示したもので、特段の識別力があるとは認められないから、原告商標の要部は、『No.5』、『CHANEL』の文字を二段に表示した部分にあると認められる。
 そして、右の原告商標の要部と、被告標章(一)、(二)とを対比すると、両者は、『シャネルの五番』という同一の観念を有し、称呼も原告商標の要部からは『ナンバーゴ シャネル』という称呼を生じるのに対し、被告標章(一)、(二)はいずれも『シャネルナンバー ゴ』という称呼を生じるが、両者は番号を表す『ナンバー ゴ』と『シャネル』の二つの語の称呼の順番が逆になったに過ぎないから、類似するものと認められる。また外観についても、原告商標の要部と被告標章(二)との間には文字を上下二段にわけて記載するか一段に記載するかの違いと番号を示す略号を「No.」と表示するか、「No.」と表示するかの違いがあるのみであるから、両者は類似するものと認められる。そして「PARIS」という文字を含む原告商標を被告標章(一)と対比しても、両者は外観において類似するものと認められる。したがって、被告標章(一)、(二)はそれぞれ原告商標と類似するものである。」と判示し、前記《1》、《2》の標章は、シャネル社の前記登録商標に類似するとして商標権侵害を認め、原告の請求を認容いたしました。

4 検討
 本件で被告は、被告商品上の前記標章《1》、《2》の表示は、いずれも商品の内容を記述的に説明した部分であるから、商標としての使用にあたらないと反論しました。
 本件では、この被告の反論のとおり、被告の標章が、商標として使用されていると言えるか否かが、勝敗を決する大きなポイントといってよいものでありました。
 この点については、一般的には、標章が商品上で表示されている位置、大きさ、目立ちやすさ、表示の目的等を総合的に考慮して判断するものと考えられております。
 本件は、このような点からするとデリケートな面もある事案と言えそうですが、原告商標が極めて著名なブラントであったことが、前記のとおりの判断に導くことになったものと考えられます。
 香水等について、「○○タイプ」と表示すれば、商標権侵害にならないという俗説が巷間聞かれることがありますが、表示の方法によりケース・バイ・ケースであるとはいえ、右の俗説が、必ずしも真実ではないことを、本判決は物語っているものと考えられます。


(みずたに なおき/弁護士・弁理士)