発明 Vol.90 1993-8
知的所有権判例ニュース
共同著作者認定の判断基準を示した事例
水谷直樹
1 事件の内容
 本事件は、肝臓病で死亡した医師の両親が、生前同医師の婚約者であった女性Yに対し、Yが自ら著作者であるとして出版した書籍(書籍名『静かな −肝臓移殖を受けた医師』)の著作権の全部もしくは一部は死亡した息子が有していたもので、これを原告らが相続したと主張して、この女性Yおよび出版社(Y)を被告として、同書籍の出版の差止め等を求めて、平成2年に大阪地方裁判所に提訴した事件です。
 
2 争点
 同訴訟で争点となった事項のうち、主要なものは以下の2点でした。
《1》
 出版の差止めを求められた書籍中の以下の部分の著作者は誰か。
(i)
 生前に医師が口述したテープをYが文章化し、その際には、Yが内容の重複する部分を削り、テープ中になかった部分につき医師に問い質し、これらを適宜取捨選択して文章を編集し、医師がさらにこの結果に対してコメントを加えて作成された部分(A部分)
(ii)
 医師が口述してYに記録させた部分と、医師が書いてほしい事項をYに口頭で伝え、Yが実際に文章を作成し、その後に医師が削除、訂正した部分が混在している部分(B部分)
(iii)
 医師の死亡後に、Yが残された資料等に基づいて作成した部分(C部分)
《2》
 共同著作物において、著作権法第65条2項所定の権利行使につき、著作権の共有者が、共有者間の合意の成立を妨げる正当な理由を有する場合とは、具体的にどのような場合を指しているのか。

3 裁判所の判断
 大阪地方裁判所は、平成4年8月27日に判決を言い渡し、右2点について、それぞれ以下のとおり判断いたしました。
 まず、《1》(i)のA部分については「Yも、単なる補助者としての関与にとどまらず、自らの創意を働かせて創作に従事していたと認められ、他方、医師もまた、単にYの創作のためのヒントやテーマを与えたという程度にとどまらず、その創作に従事していたと認めることができるから、この部分は、医師とYが共同して創作した著作物であって、各人の寄与を分離して個別的に利用することができないものと認めるのが相当である」と判断して、A部分は、医師とYの共同著作物であると認定しました。
 次に《1》(ii)のB部分について、判決は「医師が具体的に口述してYに記録させた部分は医師が創作したと認めるべきであり、医師が抽象的に書いてほしい事柄を指示しただけで文章表現はYが自分で考えた部分や、医師の明示の指示はなかったが医師の意思を推測してYが自由に書いた部分はYが創作したというべきであり、Yが書いた文章を医師が点検して補充訂正した部分は両名が共同して創作したというべきであるが、B部分のうちどの文章で医師とYのどちらがどれだけ創意を働かせたかは具体的に明らかでなく、その関与の態様毎に明確に区分することはできないから、結局B部分全体が医師とYが共同して創作したものであって、各人の寄与を分離して個別的に利用することができないものであると認めるのが相当である」と認定して、B部分についても、全体として医師とYの共同著作物であると認定しました。
 さらに《1》(iii)のC部分については、判決は「医師が、単独では勿論、Yと共同ででも、これを創作したと認めるに足りる証拠はない。」と認定して、同部分については、Yが単独の著作者であると認定しました。
 以上の認定を前提としたうえで、判決は「(A部分、B部分、C部分は)それぞれにまとまりを有する文章であり、分離しても個別的に利用することが可能であると認められるので、A、B部分の文章とC部分の文章が全体として医師とYを著作者とする共同著作物にあたると認めることはできない」と認定して、A部分、B部分については、医師とYが文章の著作権を共有していたと認定しました。
 次に《2》の争点については、判決はA、B部分の文章の共有持分を、原告である医師の両親が相続取得したことを認定したうえで、本件では「Yが(A、B部分につき)自己のみが著作権者であると主張し、・・・・・・原告らが右部分につき著作権の共有持分を相続したことを認めず、(著作権法第65条)2項所定の合意成立のために協議を求めることすらせず、勝手に単独でYに出版を許諾しており、・・・・・・原告らには共同著作権行使についての合意を拒む正当な理由がある」と判断しました。

4 検討
 (1)複数の者が関与して作成される著作物について、それぞれの者の関与がどの範囲で、どの程度に達していれば、その者を共同著作者と認めてよいかについては、実務上一律に決することの困難な問題の一つです。
 本判決は、一般の書籍についてではありますが、上記問題について、具体的な判断基準を示したものとして、実務上参考になると考えられます。
 この問題は、例えば、コンピュータソフトウエアの開発委託において、委託者が仕様書を作成し、以後委受託者間でのやりとりの後にソフトウエアが完成した場合に、完成したソフトウエアについて、開発の委託者に、共同著作者の一人であると主張する余地を与えることができるか、というような局面でも問題を提起します。
 今後さらに検討することが必要と考えられます。
 (2)次に、共同著作物の著作者のうちの一人に、著作権行使の合意を拒みうる正当理由がある場合とはどのような場合であるのかについては、これまでそれほど議論がなされてきたわけではありませんが、本件の結論は異論のないものと思われ、この点についての一事例を加えたものと言えると考えられます。


(みずたに なおき/弁護士・弁理士)