知的所有権判例ニュース |
設計図の無断複製事件 |
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水谷直樹 |
1 事件の内容 | ||||||||
本事件は、丸棒矯正機の設計図の無断複製について争われた事件です。
丸棒矯正機とは金属製の丸棒を、製作する際に生ずる曲がりを真っすぐに矯正するための機械とのことですが、原告川副機械製作所(株)は、被告大昌精機(株)が原吉川副機械の作成した丸棒矯正機の設計図を無断で複製したうえで、この丸棒矯正機を製造したとして、
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2 争点 | ||||||
右記訴訟で争点となったのは以下の3点でした。
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3 裁判所の判断 |
大阪地方裁判所は、平成4年4月30日に判決を言い渡し、右記3点の争点について、以下のとおり判断しました。
まず《1》の争点については「原告本件設計図は、原告の設計担当の従業員らが研究開発の過程で得た技術的な知見を反映したもので、機械工学上の技術思想を表現した面を有し、かつその表現内容(描かれた形状及び寸法)には創作性があると認められる。したがって、原告本件設計図はそれぞれ丸棒矯正機に関する機械工学上の技術思想を創作的に表現した学術的な性質を有する図面(著作権法10条1項6号)たる著作物にあたるというべきである」と判示しました。 次に《2》の争点については、裁判所は、被告の担当者が原告の外注先に出向き、原告が作成した丸棒矯正機の設計図である原告クラウンフレーム図、原告ベッドフレーム図という名称の各図面を見たことがあることを認定したうえで、原告クラウンフレーム図と被告上部ベッド図、原告ベッドフレーム図と被告下部ベッド図を、相互にそれぞれ比較しました。 裁判所は、被告の右各図面は、原告の対応する図面とは同一ではないとしながらも、部分的に共通の形状および寸法の部分があるとして、この共通部分につき「被告上部ベッド図は原告クラウンフレーム図の、被告下部ベッド図は原告ベッドフレーム図の右基本的構造に関する表現(寸法及びその寸法に基づき図示された形状)をそのまま引用したものであり、同種の技術を用いて同種の機械を製作しようとすればその設計図の表現は自ずから類似せざるをえないという事情によって説明しうる範囲を超えているから、被告上部ベッド図は原告クラウンフレーム図を、被告下部ベッド図は原告ベッドフレーム図を、それぞれ右指摘部分につき部分的に複製したものであり、原告が各設計図の右指摘部分について有する複製権を侵害する。」と判示し、部分的な違法複製行為の存在を認めました。 最後に《3》の争点については、裁判所は、「著作権法において、“複製”とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいう(著作権法2条1項15号)のであり、設計図に従って機械を製作する行為が“複製”になると解すべき根拠は見出し難い・・・・・・原告矯正機の如き実用の機械は、建築の著作物とは異なり、それ自体は著作物としての保護を受けるものではない(それと同一性のある機械を製作しても複製にはならない)から、原告の右主張は採用できない。」と判示し、丸棒矯正機自体の製造の差止めの請求を認めませんでした。 |
4 検討 |
本事件では、まず原告の作成した丸棒矯正機の設計図が、著作権法の定める著作物に該当するのか否かが争われましたが(前記《1》の争点)、裁判所は前記のとおり、これを肯定しました。この点については特に異論はないものと思われます。
次に、被告による原告作成の設計図の違法複製の点(前記《2》の争点)についても、裁判所はこれを肯定しました。 著作物の複製を肯定するためには、対象物(本件では被告設計図)と原著作物(本件では原告設計図)が同一性の範囲内にあること、ならびに複製を主張されている者(本件では被告)が原著作物にアクセスをしていたことの2点が肯定されることが必要になります。 このうち後者の点について、判決は、被告の担当者が原告の設計図を見たことがあることを認め、被告から原著作物に対するアクセスがあったことを認定しました。 判決は、このことを踏まえたうえで、前者の同一の範囲内の有無を認定するにあたり、両図面に部分的に共通の寸法および形状の部分があるとして、これらは「同種の技術を用いて同種の機械を製作しようとすればその設計図の表現は自ずから類似せざるを得ないという事情によって説明しうる範囲を超えている」と認定して、被告設計図は原告設計図を部分的に複製していることを認めました。 本判決は、通常は外部からアクセスが困難な設計図について、部分的な複製を認めた事案であり、この点において非常に興味深いものがあります。 最後に《3》の争点についても、判決は詳細に理由を述べておりますが、この点についても特に異論はないと思われます。 機械のような実用品について、その製造を著作権法に基づいて差し止めようとすることが困難であることが具体的に理解されるものと考えます。 本件は、特許権侵害ではなく著作権侵害を主張することにより、最終的には、丸棒矯正機の製造の差止めを求めた事案でありますが、本判決は、機械のような実用物について、著作権による権利行使を行おうとすることには、一定の限界が伴うことを改めて確認した判決であるといってよいと思われます。 |