発明 Vol.90 1993-4
知的所有権判例ニュース
商標の類否判断における微妙なケース
水谷直樹
1 事件の内容
 中山太陽堂興産(株)は、指定商品を「せっけん類、歯みがき、化粧品、香料類」とする「大森林」の登録商標を有しております。同社は関連会社に同商標の使用を許諾しており、この関連会社は、薬用頭皮用育毛料に同商標を付して製造、販売しております。
 他方で、ダイリン(株)は、「木林森」の商品名で頭皮用育毛剤、シャンプーを製造、販売しております。
 そこで、中山太陽堂は、このダイリンに対して、同社の商品「木林森」は、中山太陽堂の登録商標「大森林」を侵害しているとして、「木林森」の使用の差止を求めて、平成元年に東京地方裁判所に訴訟を提起しました。
 
2 争点
 同訴訟で争点となったのは、言うまでもなく「大森林」と「木林森」の類似性の点です。
 この類似性の判断基準につきましては、昭和43年2月27日付最高裁判決が「商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、しかもその商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべき」であると判示しております。
 本件にこの判断基準を適用した場合に、どのような結論になるのかが、ここでの問‥題占…です。

3 裁判所の判断
(1)東京地方裁判所
 東京地方裁判所は、平成2年6月22日付判決で、両者は類似しないと判断し、中山太陽堂の請求を棄却しました。
 その理由として、まず外観については、本件商標は「大森林」の漢字を楷書体で横書きしており、他方でダイリンの標章は「木林森」の漢字を行書体で縦書き、横書きしており、両者は外観上類似しないと判断しました。
 次に、称呼については、本件商標の称呼は「だいしんりん」か「だい」「しんりん」であり、他方でダイリンの標章は「きはやしもり」か「もくりんしん」であり、称呼も類似せずと判断しました。
 最後に、観念については、本件商標が「多数の樹木が密生した広大な場所」という観念を生じるのに対して、ダイリンの標章は、「木」で構成される文字を木の数の少ないものから多いものに並べたにすぎず、特定の観念は生じないとして、両者は類似しないと判断しました。
 東京地方裁判所は、以上のとおり判断して中・山太陽堂の請・・・求を棄却しました。
 そこで、中山太陽堂は、これを不服として東京高等裁判所に控訴をしました。

(2)東京高等裁判所の判断
 東京高等裁判所も、平成3年7月30日付判決で、両者は相互に類似しないとして、中山太陽堂の控訴を棄却しました。
 判決の理由は、東京地方裁判所とほぼ同じですが、外観の点については、「大森林」も「木林森」も、いずれも日頃慣れ親しんだ文字で構成されており、両者が外観上類似しないことは明らかとの理由を付加しました。
 更に、観念の点については、頭皮用育毛剤等の需要者は、育毛、増毛を強く望む者であるから、商品に付された標章に強い関心を抱き、注意深く商品を選択すると推認されるとして、取引の実情を考慮しても、観念による混同は生じないと判断しました。
 そこで、中山太陽堂は、更に最高裁判所に上告をしました。

(3)最高裁判所の判断  最高裁判所は、平成4年9月22日付判決で、原審の東京高等裁判所の判決を破棄して、同裁判所に事件を差し戻す旨を判示しました。
 この破棄差戻判決とは、原判決が誤りであるとして破棄はするものの、最終結論については、更に原審裁判所で審理を尽くしたうえで判断することを命ずるもので、最終結論自体は、差し戻された裁判所での判断に持ち越されるということになります。
 同判決中で、最高裁判所は、商標の類否の一般的判断基準について、本稿2項で引用した基準を確認したうえで、更に「綿密に観察する限りでは外観、観念、称呼において個別的に類似しない商標であっても、具体的な取引状況いかんによっては類似する場合があり、したがって、外観、観念、称呼についての総合的な類似性の有無も、具体的な取引状況によって異なってくる場合もあることに思いを致すべきである」と判断しています。
 そのうえで「本件商標と相手方標章は、使用されている文字が“森“と“林“の二つにおいて一致しており、一致していない“大“と“木“の字は、筆運びによっては紛らわしくなるものであること、相手方標章は意味を持たない造語にすぎないこと、両し者はいずれも増毛効果を連想させる樹木を想起させるものであること等からすると、全体的に観察し対比してみて、両者はは少なくとも外観、観念において紛らわしい関係にあることが明らかであって、取引の状況によっては、需要者が両者を見誤る可能性は否定できず、ひいては両者が類似する関係にあるものと認める余地もあるものと言わなければならない」旨判断しています。
 そのうえで、最高裁判所は、この上記「取引の状況」について、更に具体的に審理するように命じて東京高等裁判所に差し戻ししました。

4 検討
 以上のとおり、本事件は第1審、2審、最高裁と争われ、更に東京高裁に差し戻されました。具体的な争点および判断の内容は、以上の説明で明らかと思われますが、商標の類否について、同一の判断基準を適用しても結論が分かれており、微妙なケースでの商標の類否判断のデリケートさ、予測の困難性について具体的に理解していただけるかと思います。


(みずたに なおき/弁護士)