発明 Vol.90 1993-1
知的所有権判例ニュース
商標の類似判断に影響する商標の著名性
神谷 巖
[事実関係]
 原告は、旧第17類「被服(運動用特殊服を除く。)、布製身回品(他の類に属するものを除く。)、寝具類(寝台を除く。)」を指定商品として、「ランバン」の商標(以下本願商標という)を登録申請した。これに対し特許庁は、旧第17類「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品とし、「ラーバン」と「RURBAN」を二段に重ねた商標(以下引用商標という)を引用して、商標法第4条第1項第11号に該当するので、登録は許されないとした原査定を支持し、審判の請求は成り立たない旨の審決をした。これに対して、出願人である原告が審決取消訴訟を提起したところ、東京高等裁判所第18民事部は原告の主張を容れ、平成3年10月15日審決を取り消す旨の審決を下した。
 
[裁判の内容]
 1.音声学的な称呼の類比
 判決は、本願商標からは構成からみて「ランバン」の称呼が生じ、引用商標からはやはり構成からみて「ラーバン」の称呼が生じるとし、両商標が頭の音「ラ」および「バ」「ン」の3音が共通し、その違いは本願商標の第2音にある撥音「ン」であるのに対して、引用商標の第2音は「ラ」の長音である点であるとした。そして両称呼を比較すると、音の数が同じ4つであること、差異があると認められる撥音と長音は音声学的に類似性を有すること等から、両者を音声学的観点から見る限りその類似性が高いということができるとした。
 しかしながら判決はさらに考察を加え、両商標の称呼を語調、語感の観点から見た場合、引用商標「ラーバン」は頭の音「ラ」にアクセントをおいてしり下がりに1音節として発音されるため、聞く者に平板な感じを与えるのに対し、本願商標「ランバン」は「ラ」と「バ」にアクセントをおいて「ラン」と「バン」の2音節として発音され、かつ、各音節の語尾がともに「ン」であるからあたかも韻を踏むような語感を生じる点において、相当の差異を有するもので、この差異は称呼の比較においても無視できないと述べた。

 2.本願商標の著名性
 さらに判決は、商標のもつ商品の識別機能を検討するに当たっては、単に音声学的観点のみから称呼の類似性を検討するだけでは足りず、当該商標を付した商品の取引の実情、すなわち取引関係者、需要者層における当該商標の周知性ないし著名性、当該指定商品の属する分野における取引の形態、当該商品の特質等の当該商標の使用される現実の取引状況を踏まえた上で、音声学的観点からみた類似性の判断のもつ社会的意義を再吟味し、その類似性を決するべきであるから、かかる観点から本願商標と引用商標の社会的諸条件について検討してみることとすると述べた上で、本願商標の周知性を検討している。
 そしてランバンは、フランスのデザイナーであるジャンヌ・ランバンおよびその後継者がデザインした婦人および紳士衣料品各種、革製バッグ、ベルト、アクセサリー、香水、靴、眼鏡等のブランドであり、1900年代初めには、ランバンの名前はフランスを代表する高級洋装店の一つとして欧米に広く知られるに至っている。わが国においても、昭和30年代からランバンの婦人服、紳士服が輸入販売され、本願商標の出願当時までには、紳士・婦人物各種衣料をはじめとして、バッグ、香水、アクセサリー、眼鏡、傘、靴等の衣料品を中心とした幅広いランバン製品が、「LANVIN」「ランバン」の名称で輸入ないしは製造販売され、ランバンの名称はフランスの服飾業界の最も著名な老舗の商品を表すブランド名として、わが国の取引関係者はもとより一般需要者の間に広く定着し、愛好されていた事実が認められる。かかる本願商標の著名性および周知性に照らせば、前に述べた音声学的観点からの類似性にもかかわらず、本願商標の称呼のもつ前述した韻を踏むような特有な語調、語感から、本願商標の付された本件指定商品のうち被服および布製身回品についてはもとより当然のこととして、これらと素材および用途において共通性および親近性を有する寝具類についても、直ちに原告の商品であると認識することができる高い識別力を有するものというべきである。そうすると、本願商標はこれを商品に付した場合その称呼により、それが原告の商品であることを想起させるものとして、識別可能というべきであると判示している。

[解説]
 通常2つの商標は、その外観、称呼、観念のいずれかが類似していれば、類似しているとされる(東京高等裁判所昭和44年9月2日判決)。本件では、本願商標「ランバン」と引用商標「ラーバン」の称呼が類似していることを認めながら、本願商標が周知著名であり、このような場合には他の類似した称呼とは識別が可能であるから、全体として類似しないとしたものである。このように、称呼や外観が他の商標と類似していても、本件のように周知著名であったり、観念が大きく異なるため、識別可能であるとする例は、決して少なくない。同じく東京高等裁判所が平成4年3月10日に下した判決においては、「ドジャース」商標(メージャーリーグのドジャースを表す商標、「ドジャース」の文字のほか、野球のボールが飛んでいる様子を示す絵が組み合わされている)と「ロヂャース」の語からなる商標とが、識別可能であるとした。また最高裁判所の昭和43年2月27日の判決は、「しょうざん」の称呼を有する商標と、「ひょうざん」の称呼を有する商標とが、非類似であるとした。従ってこのような判断は、裁判例から見る限り定着したものと言えよう。
 なお本件では、出願商標「ランバン」に対する拒絶の理由とされた引用商標「ラーバン」より先に出願され登録された「LANVIN」の文字からなる商標があり、本来引用商標自体、登録が許されるものではない点が原告によって主張されたが、判決の理由中には触れられていない。従ってこの点は、原告の主張が認められる裏付けにはなっているかもしれないが、決定的な要因ではなく、あくまで「ランバン」商標の周知性が決め手になっているものと言えよう。


(かみや いわお/弁護士)