判例評釈 |
黙示の合意による独占的通常使用権の設定と その存続が認められた事例 −ほっかほっか亭事件 |
東京地判平20.4.25平成18年(ワ)第28616号、平成19年(ワ)第32052号(確定) |
諏訪野大 |
事実の概要 |
1.Y(株式会社ほっかほっか亭総本部:本訴被告・反訴原告)は、持ち帰り弁当フランチャイズチェーン(以下、「本件フランチャイズ」という。)のマスターフランチャイザー(以下、「総本部」という。)である。X(株式会社プレナス:本訴原告・反訴被告)は、Yとの間で本件フランチャイズのフランチャイズ契約を締結したサブフランチャイザーであり、北海道、九州、山口、沖縄全域および首都圏を含む東日本地域(除く青森、岩手、秋田、茨城)担当、九州の地域本部およびその他の地区本部(都道府県単位)として直営店経営、加盟店の指導を行っている。 |
判旨本訴請求棄却、反訴請求一部認容 |
争点2(本件各商標権の使用許諾合意)について
「この当時、B社もYも、創業者であるA氏が支配株主となって代表取締役を兼ねており・・・・・・、このような支配関係を前提とすれば、本件フランチャイズシステムを運営するYにおいては、本件商標権1の権利者でなくとも、マスターフランチャイザーとして本件商標1を現実に使用することができれば構わなかったのであって、また、そのように使用させることについても何ら支障がなかったものというべきである・・・・・・その後の本件フランチャイズシステムの事業展開において、Yが現にマスターフランチャイザーの地位にあるものとして本件フランチャイズ契約(地域本部契約、地区本部契約)を重ねているから、Yが本件フランチャイズシステムのマスターフランチャイザーの役割を果たすようになった当初の時点で既に、Yと本件商標1の出願名義人たるB社との間において、出願中あるいは登録後の本件商標1について、そのような役割を果たすことを可能とする使用権を設定する合意が黙示のうちに成立していたものと認めるのが相当である。・・・・・・遅くとも、本件フランチャイズシステムにおけるマスターフランチャイザーとしての地位がB社からYに移転した昭和56年10月に、YとB社との間で、少なくとも、本件フランチャイズシステムが存続することとYがマスターフランチャイザーの役割を果たせることを前提に、本件フランチャイズの基本商標として、無償かつ再許諾権付きで独占的に使用させる内容をもって、本件商標権1の使用権を設定する黙示の合意(本件黙示合意1)があったものと認められる。」 「本件商標2及び3につき出願人の地位が譲渡された昭和60年10月28日の時点で、B社とYの資本関係におけるA氏の優位性に変わりはないから、このような出願人の地位の譲渡自体に特段の意味を窺うことはできない。・・・・・・本件商標2及び3については、基本的に本件商標1に従属する関係に立つから、出願人の地位の譲渡がされた昭和60年10月28日ころに、YとB社との間において、出願中あるいは登録後の本件商標2及び3について、本件黙示合意1と同様の内容の使用権の設定が黙示のうちに成立していたものと認めることが相当である(本件黙示合意2及び3の成立)。」 「Yは、Yにおける本件商標権1ないし3の使用権について,これを専用使用権であると主張するが、黙示の合意に基づくものである以上、その法的な性質としては,独占的な通常使用権にとどまるものというべきである。」 争点3(使用許諾合意の終了)について 「D社によるB社とYへの資本参加は、本件フランチャイズシステムの事業を促進させることを目的とするものであって、これを覆すことを目的とするものではないから、当時、実際に事業展開されていた本件フランチャイズシステムの現状を前提とすれば、B社とYにおける資本関係の変遷があったからといって、両社の間に存在する権利義務関係に変動をもたらすようなものと解することはできない。・・・・・・平成4年2月3日付のB社の社内文書(『サービスマーク登録制度導入に対する対応について』と題する書面・・・・・・)については、前記〔「サービスマーク制度の導入を契機として、本件商標権1の帰属関係を改めて問題とするものであって、現に、Yにおいて、本件フランチャイズシステムのマスターフランチャイザーとして、本件黙示合意1に基づいて使用していることと矛盾せず、本件商標1の権利者であるB社として、その使用関係について、契約書面が存在しないことにより、社内的に説明できないことが正に問題とされたにすぎないというべきである。」と判示されている:引用者注〕・・・・・・のとおりであるから、本件黙示合意1ないし3の終了を示すものには当たらない。・・・・・・D社とXとの間の平成11年3月25日付け『株式譲渡等に関する基本合意書』・・・・・・によれば、第4条(譲渡代金)2項(『〔省略〕前項の譲渡代金が〔省略〕次の事項を前提に決定されたものであることを確認する。』)(3)号として、『丁〔B社〕が、登録商標『ほっかほっか亭』を所有していること。』と規定されていることが認められるものの、この規定は昭和61年3月時点での本件黙示合意1ないし3の終了を何ら裏付けるに足りるものではない。」 |
研究 |
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1.本件は、持ち帰り弁当のフランチャイズチェーンのサブフランチャイザーであるXが、マスターフランチャイザーであるYに対し、Yの使用する2つの標章について、Xの商標権を侵害すると主張して、損害賠償と遅延損害金の支払いを求め(本訴請求)、YがXに対し、上記の商標権について、黙示の使用許諾合意に基づき、主位的にYが無償の専用使用権を有することの確認を、予備的にYが無償の独占的通常使用権を有することの確認を求めた(反訴請求)事案である。 これまでにも、法人格を取得した個人会社において、商標権者であるその代表取締役の管理、監督の下に当該商標が使用されていたと認められる場合には、商標権者である代表取締役にとっても自己の商標を善意で使用しているものとして商標の継続使用、信用保持のための注意が払われていたと推認できるから、同人が商標権者として右個人会社と文書等による明示の商標権使用許諾契約を締結した事実がないとしても、当該商標権の実質的な使用許諾契約があったと認めた裁判例があった(大阪高判昭和47.3.29無体集4巻1号117頁。以下、「大阪高判」という)。また、実用新案権について、株式会社設立時までは個人が食品包装パック用の間隔保持具を製造・販売し、その個人らがなした会社設立後はその会社が製造・販売をしていた場合につき、個人と会社との間には実施につき黙示の独占的通常実施権設定契約がされていたものと推認できるとした事例があった(大阪地判平成3.11.27判例集未登載。以下、「大阪地判」という)。 本件において両当事者はそれぞれが独立した法人であり、会社と代表取締役というような一法人における内部的な関係ではなく、また、個人が使用していた商標を会社設立後はその会社が使用していたというようなこともない。加えて、フランチャイズにおける商標権に関する著名な小僧寿し事件最高裁判例(最判平成9.3.11民集51巻3号1055頁)があるが、同事件はフランチャイザーとフランチャイズ非加盟者との争いであって、本件とは状況が全く異なる。この意味で本件は、商標権について黙示の独占的通常使用権が認められた非常に稀な事例であるといえる。 その一方で、本件の背景にあるフランチャイズについては、一律に定まった定義があるといいがたいが、代表的なフランチャイザー等によって構成されている社団法人日本フランチャイズチェーン協会によれば、「フランチャイズとは、事業者(『フランチャイザー』と呼ぶ)が他の事業者(『フランチャイジー』と呼ぶ)との間に契約を結び、自己の商標、サービスマーク、トレード・ネームその他の営業の象徴となる標識、および経営のノウハウを用いて、同一のイメージのもとに商品の販売その他の事業を行う権利を与え、一方、フランチャイジーはその見返りとして一定の対価を支払い、事業に必要な資金を投下してフランチャイザーの指導および援助のもとに事業を行う両者の継続的関係をいう。」とされている(同協会サイトhttp://jfa.jfa−fc.or.jp/qa_1.html)。また、公正取引委員会が平成14年に公表した「フランチャイズ・システムに関する独占禁止法上の考え方について」は、「本部が加盟者に対して、特定の商標、商号等を使用する権利を与えるとともに、加盟者の物品販売、サービス提供その他の事業・経営について、統一的な方法で統制、指導、援助を行い、これらの対価として加盟者が本部に金銭を支払う事業形態」であるとしている(同委員会サイトhttp://www.jftc.go.jp/dk/franchise.html)。 以上から、本件フランチャイズの場合は、通常のフランチャイズと大きく異なることが分かる。すなわち、フランチャイザーが商標権者であり、フランチャイジーにその使用許諾をするのが通常であるところ、種々の過程を経て、サブフランチャイザーが商標権者であり、マスターフランチャイザーが使用許諾を受ける立場にあるということになっており、立場が逆転しているからである。 本件では、非常に特殊な諸事情が絡み合っており、フランチャイズにおける商標権に係る黙示の独占的通常実施権が認められた事例として一般化することは困難であって、本判決の射程は限られているとみるべきであろう。 2.本件の焦点は本件各商標権の使用許諾合意の有無である。当初の商標権者であるB社とYとの間に、明示的な使用許諾契約はないため、黙示の使用許諾の有無が問題となる。この点、Yは、Xに対し、Xの各商標権について、黙示の使用許諾合意に基づき、主位的にYが無償の専用使用権を有することの確認を、予備的に無償の独占的通常使用権を有することの確認を求めている。 Yは、主位的に無償の専用使用権を有することの確認を求めているが、専用使用権は設定登録が効力発生要件となっている(商標法30条4項・特許法98条1項2号準用)。本件では設定登録はなされておらず、専用使用権が登録を効力発生要件としているのが法文上明らかでありながら、Yがなぜこのような主張をしたかは不明である。判決は「黙示の合意に基づくものである以上、その法的な性質としては、独占的な通常使用権にとどまる」とするが、登録がない以上、妥当な帰結である。 したがって、黙示の使用許諾合意に基づき、Yが無償の独占的通常使用権を有するかに焦点が絞り込まれる。通常使用権の法的性質は債権であるから(特許庁編『工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第17版〕』1279・236頁)、通常使用権者は、商標権者に対し使用を容認すべきことを請求する権利を有するにすぎない(特許権の通常実施権について最判昭和48.4.20民集27巻3号580頁)。商標権者が、その商標を他人が使用していることを黙認していれば、黙示に許諾しているといい得る。 前述した大阪高判では商標権者である代表取締役と会社との間に実質的な使用許諾があったことを認めたが、Yと当初の商標権者であったB社とは別個の法人であって、そのような関係はない。ただし、その両者ともに、当時、創業者であるA氏が支配株主となって代表取締役を兼ねており、判決の述べるとおり、「このような支配関係を前提とすれば、本件フランチャイズシステムを運営するYにおいては、本件商標権1の権利者でなくとも、マスターフランチャイザーとして本件商標1を現実に使用することができれば構わなかった」といえ、黙示の使用許諾があったとする判決は妥当である。本件商標2および3についても、この点は同様である。 その一方で、この使用許諾が独占的であることについての根拠は、判決文において直接的な理由が明らかではない。商標法31条の通常使用権は非独占的であることが原則であり(前掲・特許庁編1279・236頁)、使用許諾があっても独占的であるという内容を必ず含むわけではないからである。YとB社との間には、前述の大阪地判のように個人とその者が設立した会社というような関係はない。たしかに、両者ともに、当時、創業者であるA氏が支配株主となって代表取締役を兼ねていたが、そのA氏が独占的な使用許諾とするよう指示した事実も判決文中に見当たらない。加えて、本件黙示合意1〜3には、無償かつ再許諾権付きという内容も含まれるとされている。しかし、この点については、マスターフランチャイズという組織形態を前提にすれば認められることであると思われる。マスターフランチャイズと呼ばれる方法は、特定の地域内でフランチャイジーを募集する権利を特定の事業者(マスターフランチャイジー)に与え、その事業者が当該地域内のフランチャイザー(サブフランチャイザー)として末端のフランチャイジー(サブフランチャイジー)との間にフランチャイズ契約を締結するものであり、結果的に階層構造がつくられるものである(小塚荘一郎『フランチャイズ契約論』14頁)。マスターフランチャイズという階層構造の頂点に立つYに、B社が商標権の使用許諾を認めた場合に、非独占であるとすれば、Y以外にもB社が使用許諾をする可能性があり、その場合にはYはマスターフランチャイザーとしての立場が成り立たないこととなってしまう。したがって、マスターフランチャイズというシステムの特性から、B社からYに対し黙示の使用許諾があれば、無償かつ再許諾権付きで独占的に使用させる内容も含むと解される。 3.通常使用権の消滅原因については、一般に、(1)許諾行為で定めた消滅原因の発生、(2)基礎となる商標権・専用使用権の消滅、(3)放棄(ただし、商標法31条3項)、(4)混同(民法179条2項)、(5)許諾契約の解除などが挙げられる。本件では(5)に準ずる形で黙示合意の解約が問題となる。 D社がB社の発行済株式総数の過半数の株式を購入した昭和61年3月に終了しているとするXの主張に対し、判決は「D社によるB社とYへの資本参加は、本件フランチャイズシステムの事業を促進させることを目的とするものであって、これを覆すことを目的とするものではないから、当時、実際に事業展開されていた本件フランチャイズシステムの現状を前提とすれば、B社とYにおける資本関係の変遷があったからといって、両社の間に存在する権利義務関係に変動をもたらすようなものと解することはできない。」と述べた。 次表のように両者に対する出資比率を高めていったにもかかわらず、D社がYのフランチャイズシステムを変えようとしていないことからすれば、D社の出資参加が使用許諾合意を終了する意図であるとは考えられない。
また、Xは、本件黙示合意1〜3があったとしても、その根拠はA氏が当時YとB社の代表取締役を務め、かつ、その親族らとともに両社の株式をほぼすべて所有していたため、両社間であえて契約書の取り交わしまでは行われなかったという密接な関係があったことに求めるほかないと主張するが、D社の出資比率の高まりはB社とYとの密接な関係をA氏に代わりD社が再構築しているとの評価も可能であり、B社とYとの使用許諾合意を終了させる方向性を逆に見いだせない。 「サービスマーク登録制度導入に対する対応について」ならびに「株式譲渡等に関する基本合意書」については、判決文に表れる内容を見る限り、使用許諾合意の終了を意図するものとは思われない。 したがって、使用許諾合意の終了はなかったとする判決は妥当である。 4.判決は争点1〜3について判示したうえで、その余を判断するまでもないとして、Yの請求を認容した。 本判決はすでに確定しているが、その後も、XがYに対し独占的通常使用権設定合意の解約を通知し(Xサイト「『ほっかほっか亭』に係る商標権に関するお知らせ」http://www.plenus.co.jp/new/index.php?action=pdf&id=116)、それに対してYが本判決により本件フランチャイズが存続する限り継続するものであると声明を出すなど(Yサイト「『ほっかほっか亭』商標権の独占的使用権について」http://hokka2.co.jp/hokka/20080520.pdf)、両者の関係に修復の兆しは見えないようである。 なお、現在では、Xは本件フランチャイズから離脱している。 ※争点1ならびに争点2における本件商標権4に関する点などについては、紙幅の都合上、割愛した。 |